3.3.13

メキシカン・スーツケースをめぐる旅。


昨年の秋に観た映画「Mexican Suitcaseの写真展が、パリのMusée d'art et d'histoire du Judaïsme227日より始まりました。


写真展が開催されている美術館の中庭

この写真展、私が昨年調べた限りでは、ロンドンに来る予定がないようでしたので、ユーロスターでひとっ走り(2時間半)、弾丸のごとくパリに行ってきました。写真展に加えて、普段はメールやSNSでしかやりとりしかできない、遠方のお友だちにもしっかり会えて、一秒も無駄にしてなるものか、とばかり、機関銃のようにしゃべって、本当に楽しい充実した時間を過ごしたのですが、こちらのブログでは、この写真展について、少し紹介したいと思います。

日本でも沢木耕太郎さんのNHKのドキュメンタリーや、東京で行われた写真展でご存知の方も多いと思いますが、「Mexican Suitcase」とは、ロバート・キャパ、ゲルダ・タロー、デイビッド・シーモアの3人がスペイン市民戦争で撮影したネガ4500枚の入った箱を意味しています。長い間、行方不明になっていて、キャパの弟であるコーネル・キャパが探していたこの箱が、メキシコで見つかってコーネルの手に渡ったのが、2007年12月のこと。2011年5月のNYを皮切りに、これらのネガの内容を紹介する写真展が世界中をツアーしています。

とりたてて戦場写真というジャンルそのものに、関心があるわけでも、特別キャパの写真のファン、というわけでもないのですが、一度は失われたこの歴史的な写真が、70年もの時を経て人々の目に触れることになったそのいきさつに感動してしまい、これは絶対にこの目で観なければ、と思ったのです。

これらのネガを救ったのは、キャパと一緒にハンガリーからパリに移民としてやってきた、キャパの幼なじみであり、後に彼の暗室担当となるチーキー・ウェイジという人物です。このときと前後してキャパ自身は、スペインから直接メキシコへ移動していたはずで、これらのネガを預かっていたチーキーは、ナチスの侵攻を前にして、ネガの入った箱をリュックサックに詰めて、自転車で港に向かい、南米に行く船に乗ろうとしている人に託したのでした。

ネガの行方を追っていたキャパの弟、コーネルからの問い合わせに対する、チーキーの返信の言葉を借りるなら、チーキーはネガの入った箱を持って、パリのスタジオからメキシコ行きの船に載せるために、自転車でボルドーに向かった、らしいです。そして、途中で出会ったチリ人にMexican Suitcaseを預けた、とのこと。しかし、ほかの文献などでは、マルセイユに向かった、とか、預けたのはメキシコからの駐フランス大使だったという話もあり、正確なところはわかりません。いずれにしても、自転車でパリから港に向かって、誰かにこれらの箱を渡し、Mexican Suitcaseはめでたくナチスの目を逃れて海を越え、南米に渡った、というのは間違いないようです。

チーキーは、その後、モロッコの収容所に送られ、やがてメキシコに移民として渡ります。以来、メキシコから一歩も出ることなく、2007年1月、メキシコでその一生を終えたのだそうです。奇しくも、Mexican Suitcaseがコーネルの手に渡ったのは、同じ年の12月。チーキーの死からわずか11ヵ月後のことでした。

Mexican Suitcaseをとりまくストーリーのなかで、私が一番関心をもったのが、ほとんど光を当てられることのない、このチーキー・ウェイジという人物です。

キャパの活動と、パリで彼を取り巻いていた人々を紹介する「Robert Capa: The Paris Years 1933-1954」という本を開くと、冒頭に、チーキーが撮影したパリの子どもたちの写真が2点掲載されています。たぶんしゃがみ込んで撮ったのでしょう。そのうちの一点は子どもの目線よりも低い位置から撮影された写真で、ふたりの少女がよそいきの洋服を見せびらかすように得意げに微笑んでいます。

キャパと同じ、ハンガリー生まれのユダヤ人であり、キャパと同じく撮影者でもあったチーキー。託された幼なじみの撮った写真の重要性を知っていたからこそ、それを、おそらく命がけで救おうとしたこの人物が、単に「Capa’s darkroom manager」とか「Capa's assistant」と紹介されているのを見るたびに、心のなかでなにかアンフェアなものを感じてしまうのは、私だけでしょうか。彼がいなかったら、世間の目に触れることのなかったであろう、この写真群を、私はチーキーへの敬意をもって、ぜひ見たいと思ったのです。

さて、写真展では、写真家別にまとめて写真を紹介していて、誰がどれを撮ったのかが非常にわかりやすい構成になっていました。すべての説明文が仏英2ヵ国語で表記されていたのも、ありがたかったです。

戦場写真だけに、当然ながら血まみれで倒れている兵士とか、衝撃的な写真も数多くありましたが、当時の村人の様子や、全壊した建物の傍らで、瓦礫を積み木のように積み上げて遊ぶ子どもたちの写真もあり、戦争が戦闘に加わっていない人々の生活に与えるインパクトまで、伝わってきます。スペイン市民戦争について、スペインのお年寄りは多くを語りたがらないそうですが、後日映画や文献などで知るごとに、ひょっとしたら「語りたがらない」のではなくて、「語れない」のではないかと思ってしまうくらい、混沌とした戦争だったようです。

ネガのベタ焼きの展示がたくさんあって、これをじっくり観たかったのですが、最近、坂道を転がり落ちるように、老眼に向かって突っ走っている私の目には小さすぎて、正直なところ苦しいものがありました。「ああ、虫めがねを持ってくるべきだった!」と何回ため息をついたことかわかりません。なので、ちょっとでも不安を感じる方は、ぜひ、虫めがねを持参されることをおすすめします。

展示写真を通してみて、改めて思ったのは、この3人の写真家は、報道に携わる人、というよりは、やはりファシズムと戦う、カメラを持った政治活動家だったんじゃないかな、ということです。それがいいとか悪いとか、そういうことではなくて、写真というものは目的じゃなくて、手段なのだ、と再認識させられるところが大きかった、というか。非常に興味深い写真展ではありました。

こちら、630日まで、Musée d'art et d'histoire du Judaïsmeにて開催中です。ご興味のある方は、ぜひ足を運んでみてください。そして、写真展に足を運ばれたら、これらの写真の背後に、74年前、港まで自転車を走らせたひとりの人物がいたことも、ちらりと思い出していただけたら幸いです。

さて、パリに来たからには、一応見ておかなければ、ということで、キャパのスタジオのあった場所にも行ってみました。このビルの「セカンド・フロア」にキャパとゲルダは住み、仕事をし、そしてチーキーは、ここから港に向かって自転車を走らせた、ということになります。この場所が、キャパが一生のうちで賃貸した唯一のアパートメントなのだそうです。1階に葬儀屋さんが入っているのも納得で、実はこのビルのお向かいには、道路に沿うように細長い墓地がありました。


キャパやタローがスタジオ兼住居として使っていたアパートメントは、このRue Froidevaux沿いにあります。
これと平行して一本南側には、ダゲレオ・タイプという写真の技法を完成させた
ルイ・ダゲールにちなんだダゲール通りがあるのも、不思議な縁です。

キャパのスタジオがあった37 Rue Froidevaux。スタジオがあったのは、このビルの2nd Floorだったそうです。
(ここでいうセカンド・フロアが3階にあたるのか、2階にあたるのかは不明ですが…)

そして、キャパのスタジオの向かいの墓地ではありませんが、ゲルダ・タローのお墓にも行ってみました。ショパンやモディリアーニやオスカー・ワイルドなど、華々しい面々がどっさりと眠る名門(?)墓地ペール・ラシェーズだけあって、入り口の案内図にゲルダの名前は見つかりませんでした。

でも、墓地のウェブサイトで調べたところ、ゲルダがどの区画に眠っているのかだけはわかっていたので、時間が許す限り、端から見て探してみよう、と思っていたら、意外とあっさり見つかりました。端の方にいてくれて、ありがとう、という気持ちです。

スペイン市民戦争に従軍中に、トラックに轢かれて亡くなったゲルダの遺体は、フランスが国をあげて英雄扱いで運んできたと、ものの本で読んで、どんなお墓がつくられたのだろう、と思ってはいたものの、この派手さのひとつもない静かな墓石、カメラを武器に戦った女戦士にはふさわしいのではなかろうか、と、私の目には映りましたが、どうでしょうか。


とてもシンプルなお墓。鳥のくちばしは朽ちて落ちていました。

9 件のコメント:

  1. ブログ記事を拝見していたら、パリに行ってこの写真展を見たくなりました。
    こうしてブログで伝えてくださってありがとうございます!
    6月までにパリに行けるかな〜。。

    返信削除
    返信
    1. まみさん、読んでくださってありがとうございます! コメントまで残してくださって感謝です。

      やはり、キャパとスペイン市民戦争というエレメントのせいか、スペイン、フランス、NYではエキシビションがあったのに、ロンドンはツアーに入ってないんですよね。本当に残念です。

      そのかわり、というわけでは全然ないのですが、5月27日までだったはずのこの写真展、6月30日までに延長されたようなので、本当に行けたらいいですよね。パリの空気を吸ってくるのも気晴らしになるし、おすすめです!

      削除
    2. あっ、まみさん、追記ですが、お出かけになる際には、ぜひぜひ虫眼鏡を持っていかれるのがおすすめです!!

      削除
    3. 虫眼鏡! もしパリに行けることになて、展覧会を見られるかも? のときのために今から大きなのを探しておかなくては!

      削除
  2. そう、しかも易者が使うようなデカい虫眼鏡がお薦めかもかもww

    返信削除
    返信
    1. ほんと、100%合意です、私も。

      削除
  3. 阿部隆直21/5/15 18:14

    こんにちは。私は学生時代からのキャパのファンで写真の展覧会に行ったことも数回あります。実は昨年にパリのペール・ラシェーズ墓地に行く際にゲルダのお墓を見ようと思っていましたが墓地のウェブサイトで見つからず、入り口の管理人に聞いてもわからないという返事でその時は見れませんでした。今度の9月にも再びパリを訪れる機会があるので可能ならばもう一度ペール・ラシェーズを訪ねたいと思っております。そこで質問ですが、墓地のどの区画にゲルダのお墓があったか教えてはいただけないでしょうか?お手数で恐縮ですが教えていただければ幸いです。どうぞよろしくお願いします。

    返信削除
    返信
    1. 阿部さん、コメントをありがとうございます。私がこの記事を書いた段階では、墓地のウェブサイトで区画だけはわかったのですが、いまはわからなくなっているのですね。私自身もはっきり覚えていなくて、いま、Googleしたら、以下のサイトにDivision 97とあります。
      http://www.findagrave.com/cgi-bin/fg.cgi?page=gr&GRid=14667333

      確かに端っこのほうのプロットでしたので、おそらく間違いないと思います。97の区画の比較的端のほうだったと記憶しています。うまく見つけられることを祈っています。

      削除
    2. 阿部隆直23/5/15 04:24

      本当にありがとうございます!9月にパリに行くのが楽しみです。助かりました。

      削除

お気軽にコメントをお残しください。

Please feel free to leave your comment.