日本で走る少年の姿を見ると、なぜか無条件で感動してしまう私。 |
2ヵ月ぶりくらいに、また東京に帰ってきた。
日本に帰ってくると、とにかくなにを食べてもおいしくて、滞在一週間目にして、ただでさえドッシリしている下半身がさらに一回り大きくなって、ほっそりした人の多い日本で、余計に際立つおのれのデカさにショックを受ける、という……嬉しくもあり、悲しくもあり……。
電車がビシッと時間通りに来るので、あらゆることの時間が読める、がゆえに、ちょっと待ち時間があったら、これやって、あそこに寄って、という感じになり、なんだかやたらとバタバタ忙しく慌ただしくなってしまい、常に時間に追われているような気分に……嬉しくもあり、悲しくもあり……。
といった具合に、「自己管理能力」という耳の痛い一言をたかーーい棚に「ヨイショ」っと載っけたうえで言えば、すべての物事にはよい面と、悪い面がある。すべての人間に、長所と短所があるように。
それを一番強く感じてしまうのが、日本でのコミュニケーションで、「阿吽の呼吸」というか、自己完結的「予定調和」というか、日本には独特の会話のお作法がある。それは形式美ともいえるし、だからそこにはある種の「美しさ」はあるのかもしれない。
だけど、海外生活が長くなってしまったせいか、私の場合、たまに帰ってきても、それにうまく反応できず、相手を戸惑わせてしまったり、もっと悪いときには機嫌を損ねてしまい……もっと正確に言うなら、本当に不機嫌になっているわけではなく、不機嫌な態度をとることで「私がお作法から外れている」ことを知らしめようとしているのだと思うけど……こちらも不快な気分を味わうことも、まぁ、たまにある。私からしてみたら、そういう物言わぬ意思表示というのは、コミュニケーションとしては未熟なような気もしてしまうのだけれど……。
先日も、テレビを見ていたら、私も名前を知っているくらい有名な教育学者の先生が、「日本では、話の内容そのものよりも、話し方のほうが重要です」と相手に不快感を与えない話し方について指南していた。話の内容よりも話し方? これって「プレゼントの品物よりもラッピングのほうが重要です」って言い切っているも同然のような……ほんとにそれでいいんだろうか。
今日、丸ノ内線に乗っていたら、ドアの上のモニターに東京メトロのCMが流れていた。
OL風の堀北真希ちゃんの「ミスをした」というモノローグから始まるこのCM、次のシーンでは、彼女よりも少し年上のスーツ姿の男性と一緒に、「申し訳ありませんでした」と、取引先の応接室っぽいところで並んで深々と頭を下げている(1)。そして「上司まで巻き込んでしまった」というモノローグ。ふたりは地下鉄に並んで座り、彼女は頭をうなだれている。彼女のほうから思い切ったように上司に「すみま……」と言いかけると、彼は急に立ち上がって電車を降りてしまう(2)。黙ってついていくと、そこは築地駅。上司はずんずんと魚市場のなかを歩いていく(3)。両脇に並ぶ新鮮な魚と活気ある魚屋さんたちを見ながら歩いているうちに、ちょっと表情が明るくなっていく彼女に、「ついてこいよー」と声をかける上司。「こんにちはー」と言いながら彼が入っていったのは、お寿司屋さんっぽいカウンターのお店(4)。「海鮮丼ふたつ」(5)と注文した上司と彼女の前に、「はい、お待ち」と海鮮丼が供される。上司はもりもり食べ始め、戸惑う彼女のほうを向いて、笑顔で「食えよ」と言う(6)。上司のやさしさに笑顔になる彼女のモノローグ。「東京には力をくれる場所がある」。再び地下鉄駅。「すみませんでした」と頭を下げる彼女に、上司の一言「うまかっただろ」(7)。と、こんな60秒のCMだった。
ふつうにいい話、なのだろう、とは思う。このもの言わぬ上司の、不器用なやさしさに感動するべきなんだろう、とも、思う。
だけどこれ、うちの夫をはじめとする、英国人にわかるかなぁとふと考えてしまった。
ロンドンで自分の身の回りにいる英国人たちを勝手に思い浮かべて、堀北真希ちゃん演じるOL役と彼女の上司役を勝手にあれこれキャスティングして、考えてみた。エリンをOL役にウィルを上司役に、いやいや、ロレンをOL役にジョンを上司役に、などなど。丸ノ内線を降りて、中央線に乗り換えて、四谷駅から立川駅までえんえん考えてみたけど、誰もピンとくるキャスティングが思い浮かばない。
というより、むしろ、これはキャスティングの問題じゃなく、やはり脚本の問題だろうなぁと、一応検証してみたものの、実は最初からわかっていた問題点を(誰にも頼まれてないけど)具体的に考えてみた。
まず、ただ謝ってすむ問題なら、あえてふたりで謝りに行く理由がわからないし(1)、相手が誠意をもって謝罪の言葉を述べようとしているのを無視して、勝手に地下鉄を降りる(2)っていうのは、実にマナーを欠いた行為だし、昼間っからビリングゲート(ロンドンの魚市場)にいきなり行くのも意味がわからないし、っていうか、黙ってそんなところについていかないし(3)、相手がお腹すいているかどうかもわからないのに勝手に食べ物屋に入るのもどうかと思うし(4)、しかも勝手に相手のものも注文し(5)、ベジタリアンかもしれないのに、食えよと強制する(6)パワハラぶりで、しまいにゃ、謝っているのに「うまかっただろ」ってこの人ボケるにもほどがある(7)……ということに、まぁ、なりかねないかも……と。
なんて考えつつも、「ああ、いい上司なんだなぁ」って、このメッセージがちゃんとわかるのって、日本人だけかもしれないって思うと、それはそれで、そういう独自のコミュニケーション文化があっても、まぁ、悪くはないのかもしれない、とも思う。それでしみじみできるなら、おそらく、それでしみじみできないよりかは、きっといいんだろう、たぶん。
この感覚は、なんというかこう、学校の勉強はすごくできるけど、友だちづきあいがありえないくらい下手くそな、オタクな三男坊を擁護する気分にたぶん似てる。本当は心のやさしい子なのよ、って。あの子のよさをわかってくれるやさしい女の子がひとりいてくれれば、ほかの人にわかってもらえなくても、まぁ、仕方がないか、っていう。
うーむ……。
と、日本に帰ってくると、そういう、ふだんはあんまり考えないどうでもよいことを、あれこれ悶々と考える機会を得られるのも、これまた、嬉しくもあり、悲しくもあり。そしてなにより、ウザくもあり(私が)。
東京メトロのCMにご興味のある方はこちらからどうぞ(↓)
東京メトロCM「力をくれる篇(60秒)」
『まぁ、それも悪くないのかもしれない、と、頼まれてもいないのに悶々と考えてみる』
返信削除お久しぶりです、Kyoちゃん!まうみです!
いやもう、読んでておかしいやら同感しまくるやら……。
なのでたまらずにコメントに突入してしまいました。
いつもは読み逃げダッシュしてるのに……おほほ。
コマーシャル、観てみたけれど、わたしも多分、アメリカに長く居過ぎてしまってるのかも……思いっきりズレてる自分を感じてしまいました。
まうみさん、いただいたコメントに気付かなくて、公開が遅くなってしまって、すみません!!
削除いやぁー、まうみさんもたまに帰国されると、違和感ってありますか?
このCM、意外や意外、日本に住んでいらっしゃる方々の少なからぬ人数に、実は違和感ばりばりみたいです。ズレてるなぁって思うのは、我々海外組だけじゃなくて、実のところ、このCMのほうがズレてるのかもしれません。