25.12.13

Merry Christmas and A VERY VERY x ∞ Happy New Year!

Happy Christmas!


今年のロンドンは、嵐だの大雨だの荒れている割には、寒くならず、現在も8度という暖かさです。

そのせいか、まったくクリスマスという気分にはなりませんが、年の瀬であることには間違いありません。

今年も、いろいろありました。残念ながら主に悪いことでしたが……でも、振り返るとそのなかにも、幸せに思い出せる出来事も、少しだけど確実にありました。

来年は、もう少し、運が巡ってきてくれるといいなぁと願うばかりですが……皆様の2013年はいかがでしたでしょうか。

なにはともあれ、今年もこのときを無事に迎えられたこと、それだけでも十分にラッキーなのですよね。

Peace on Earth.
皆様のもとにも、すてきなクリスマスと2014年が訪れますように☆

来年もよろしくお願いいたします。


20.12.13

財布はダメ

愛用の………。

どのブログのプロバイダーも多少なりとも、アクセス数とか、どの記事がどのくらい読まれているかといった、データがわかる便利な機能がついていると思います。

私が使っているBloggerにも、そういう統計がわかる画面があって、ふだんあんまり気にしていないのですが、ときどき見ると、意外にも「えっ、いまごろこの記事が?」と思うような過去のポストを読んでいただいているようで、びっくりします。

ここ1ヵ月くらい、「二つ折りのお財布はダメ」というタイトルの2007年に書いたポストがなぜか多くの方に読まれているようです。

風水的にはお札を持ち歩くのには、お札がのびのび手足を伸ばして、「ああ、ここにずっといたい」って思うような、長財布を持つのがいいらしいですよ、という内容なんですが、これだけ読むと、いかにも私が長財布を愛用しているように見えて、なんか嘘をついているような気がしてイヤなので、私の最新お財布情報を書くことにしました。

たぶん、皆さん、興味ないとは思いますが……でも、書きます(笑)。

いまの私のお財布(もどき)は、上の写真(↑)の小銭入れひとつです。

今年の前半まで、私が右腕のしびれに悩まされていたことは、前回のポストで書いたとおりで、それを機に、バッグを持つのをやめたところから、このお財布なし状態が始まりました。

以前は長財布に、がっつりと、テスコ、センズベリー、ブーツ、三越、カフェネロなどなどなど、ストアカードやポイントカードをいっぱいに入れて、お金以外のものが相当重い状態だったのですが、それらを一切、持ち歩くのをやめました。

考えてみたら、毎日これらの店すべてに行くわけでもあるまいし、なにが嬉しくて、こんなに無駄なものをごっそり持ち歩いていたのだろう、といまとなってはゾッとします。

持ち物としては、パスケース(首からぶら下げられるタイプ)、鍵、携帯、この小銭入れ、この4つがあれば、私の外出なんぞ、9割方ことたりるのです。

とにかく身軽に。モノを身に着けない。そう決めたら、ものすごく快適になりました。

「二つ折りの財布はダメ」と矛盾していて、大変恐縮ですが、モノなんて持たないに越したことはないです。

もちろん、お札を持ち歩くときは8つ折りでこの小さな小銭入れにムリヤリ入れるか、または裸のまま二つ折りでポケットに。

お札にとっては、不快この上ないこの状況、当然、お金は貯まりません。

が、いいんです。お金が貯まらなくても、快適に軽快に歩ける方が、いまの私にはハッピーなことに思えるのです。

また、長財布を持ち歩くようになったら、ここでご報告します。誰も興味ないと思いますけど、でも、書きます。






17.12.13

セカンド・オピニオンに関する個人的な経験について。

ペンザンスもランズ・エンドも、とにかくよく歩いた旅でした。


11月の中旬に、4泊5日(寝台車一泊も含む)でコーンウォールに行ってきました。私も年をとるごとに、いつもは時の流れるスピードに圧倒されるばかりなのですが、このコーンウォールの旅行は、たった1ヵ月前のことなのに、あれからもう1年くらい経ってしまったような気がします。

この旅の間に、ペンザンスのギャラリーで会して談笑したふたりの人が、この一ヵ月の間に、続いて心筋梗塞を患いました。ひとりはこの世を去り、ひとりは幸いこちら側に留まることができました。

たった10日前にあんなに元気に、幸せそうにしていた人が、ある朝ベッドのなかで冷たくなっていたという話を聞いて、本当に人生はなにが起こるかわからないし、一日一日が、実は、終わりに向かうカウント・ダウンなんだなぁと、考えずにいられませんでした。

スティーブ・ジョブスが語った「今日が自分にとって最後の日だったら、自分はこれからしようとしていることをするだろうか、と、毎朝鏡のなかの自分に自問する。いつかその日は本当に来るのだ」という言葉が、いままでよりも重みを増したのも、この1ヵ月のことです。

これから私が書こうとしていることは、この1ヵ月に私が考えた生と死の境界線のこととは、直接的には関係ありません。直接的には、と但し書きをつけたのは、間接的には大いに関係していると思うからです。

私自身の話になりますが、去年の暮れから、今年の前半にかけて、原因不明の右腕のしびれに悩まされていました。

最初は、軽いピリピリというしびれだったのが、だんだんひどくなり、腕が重くだるくなり、鞄を持つのが辛くなって、鍼治療に通ったりもしました。鍼は、治療してもらったときは、一瞬少しよくなったような気がするのですが、数日後にはまたもとにもどってしまいます。

病院にも行きましたが、特に異常はないので、筋肉を弛緩させて痛みを和らげる薬を処方してあげるから、それを飲みながら、理学療法に行ってみたら、というアドバイスを受けたのみ。原因もわからないのに、間に合わせ的に薬で筋肉を弛緩させることには抵抗があったので、結局薬は飲まず、ヨガに通って、症状を和らげるだけでごまかしていました。

このしびれがきれいに消えたのは、6月に右側奥歯の根幹治療が完了したときのことです。治療の最中に、右腕がビンビンとしびれて、驚いたのですが、歯が治ると同時にしびれもとれたので、おそらくなんらかの関係があったのだろうと思います。

私はもともと歯が弱く、日本でも歯医者ジプシーを繰り返して、二桁の歯医者さんにかかりましたが、ロンドンでは3人目の歯医者さんが大当たりで、10年以上にわたって同じ先生に治療していただいていました。この先生が一昨年、引退されて、次の先生に引き継がれてから、ちょっと疑問に思うところがいくつかあり、最終的にこの歯医者さんでこの奥歯の根幹治療に失敗し、抜歯してインプラントしかない、と宣告されてしまったのです。歯が欠けてしまったので、以来、左側だけで噛むようになりました。それが、ちょうどしびれの始まる数ヵ月前のことです。

根幹治療が失敗したとはいえ、まだ半分くらいは残っている歯を抜いてしまってよいのか、すごく迷った結果、知人が何十年もかかっているという歯医者さんを紹介してもらい、門を叩きました。新しい先生には、ダメかもしれないけれど、もう一度、彼らと提携のある根幹治療の専門医に診せたほうがいいのでは、とアドバイスされ、専門医の先生にかかること4回ほどで、今年の6月、一度は諦めた歯の根幹治療が完了したのです。腕のしびれがなくなったのは、この頃のことです。

その後、様子見期間とアフターフォローのチェックアップがあって、今日、無事に差し歯が入り、両側で噛める喜びを、「文字通り」噛みしめました。

一方で、私の父は10年ほど前に癌で亡くなったのですが、戦争経験のある私の親世代にありがちな、ひとりのお医者さまにかかったら、別の医者に「浮気」するなんて、とんでもない、と考えるタイプでした。

ほかでセカンド・オピニオンをもらっていたら、結果が変わっていたかのかどうかは、いまとなっては知る由もありません。心のなかでは、どこかでセカンド・オピニオンをもらってほしい、と、娘としての私は、もちろんそう思っていましたが、親であってもひとりの大人として、彼が自分で判断して決めたことを尊重したいという気持ちがあり、私の気持ちをひとりよがりに押しつけることはできませんでした。一部の人にとっては、そういう私の態度は「冷たいもの」に映るかもしれませんし、それを否定する気持ちもありません。

ただ、なにが正しいとか、正しくないとか、答えのないものに対してジャッジメンタルになるのは、私には不毛なことに思えますし、ときに正しいか正しくないかは別として、まるごと受け入れなければならないこともあるんじゃないかなぁと思うのです。

私の場合は、本当にあのときに諦めて抜歯してインプラントにしなくてよかった、と思える結果でしたが、それもとりあえずいま思っていることで、もしかしたら、来年はインプラントのために別の歯医者さんに通っていることが、ない、とも言い切れません。

どういう選択をするにしても、できるだけ後から後悔しないように、今日という日がカウント・ダウンされて、もう戻ってこない一日だということを心に刻んで、まだこちら側にいる人間は、一日いちにち、生きていかないといけないなぁ、と、心から思う今日この頃です。来年の夏のプランをいきいきと語っていた、その人に、その夏が訪れないこともある、という単純な事実に、正直なところ打ちのめされました。


コーンウォールで、自分のおみやげ用に買ったカード。
上が陶芸家のバーナード・リーチ。下がミナック・シアターをつくったロウェナ・ケイドです。
ロウェナ・ケイドは、今後の私の人生において、心のメンターになりそうな予感……。


※歯医者さんについては、お友だちのまぁちゃんも、興味深い記事をブログにアップしていました。こちらもぜひ




















10.12.13

新しくなったケンウッド・ハウス

広大なハムステッド・ヒースの北側に立つケンウッド・ハウス
(写真をクリックすると少し大きい画像がご覧いただけます)


現在、体調を崩して、年内は自宅療養が決定してしまった夫。お医者さんから、毎日歩くように推奨されているため、私も散歩につきあうようにしています。

今日は、ちょっとがんばって、ハムステッド・ヒースのケンウッド・ハウスまで、足を伸ばしてみました。

ケンウッド・ハウスは、18世紀の貴族の邸宅で、このほど600万ポンドもの費用と1年半の期間を費やした改装工事を終えて、11月末に新装オープンしたばかり。

美術館と呼ぶには、ちょっと地味な存在かもしれませんが、ゲインズバラ、レノルズ、フェルメール、レンブラント、ターナー、ヴァン・ダイクと、すばらしい絵画のコレクションを擁している穴場的な存在で、しかも、イングリッシュ・ヘリテージの管轄でありながら、入場料無料なのです。

資料を見ていると、1925年にケンウッド・ハウスを買い取ったのは、一代目アイヴァ伯爵、エドワード・ギネス……とあります。そうなんです、ギネスといえば、あのギネス。アイヴァ伯はアイルランドのビール会社を営む一族のひとりで、ギネスの社長、会長も務めてた人物です。このアイヴァ伯が持っていたコレクションに、18世紀後半の英国の肖像画や、17世紀のオランダ、フランドルの絵画も数多く含まれていたということのようです。



ライブラリー。ここの天井がまたみごとなのです。


アイヴァ伯は、ケンウッド・ハウスを購入したわずか2年後の1927年に亡くなり、本人がここに住むことは叶わないままだったようです。彼自身の遺言により、ケンウッド・ハウスとコレクションのほとんどが国に遺贈されたとのことで、レンブラントの自画像、フェルメールの「ギターを弾く女」や、英国人画家ターナー、レノルズ、ゲインズバラなどの作品は、アイヴァ伯のコレクションからのものだそうです。


ライブラリーをタテのパノラマで撮るとこんな感じです。タテのパノラマって難しい(汗)。

アイヴァ伯のコレクションのほかに、サフォーク伯によって収集されたサフォーク・コレクションも、後年になってケンウッド・ハウスに納められ、これによってヴァン・ダイク、ウィリアム・ラーキンの作品もケンウッド・ハウスに加わりました。また、ケンウッド・ハウスのかつての持ち主であるマンズフィールド伯爵家の家具をはじめとするコレクションも、ケンウッド・ハウスに戻ってきて、展示品はますます充実しています。


オランジュリーは、子どもたちのプレイルームの役割。
おもちゃや教材がいろいろある。


世界の巨匠たちの絵画に囲まれて過ごす午後のひととき。あまりに贅沢。お天気のよい日に、ヒースのお散歩とセットで訪れられることをおすすめします。


ケンウッド・ハウスの脇にはベンチが並んでいます。

Kenwood House
Hampstead Lane, London NW3 7JR
開館時間:10:00〜17:00





9.12.13

「加藤節雄写真クラブ」会員写真展 2013

カーナビー・ストリートのクリスマス・イルミネーション。
今年のテーマは「ロビン」のようです。

時は恐ろしいほどのスピードで流れ、早くも12月です。

この期に及んで、ドタバタすることばかりで、なんだか「なぁなぁ」に年が暮れていく感があるなか、遅ればせながら、ではありますが、ひとつだけ告知です。

昨年もお知らせしました、「加藤節雄写真クラブ」会員写真展が今年も、12月いっぱい、日本食レストランSOHO Japanさんで開催されています。

SOHO Japanさんは、ベイカー・ストリートの駅の目の前に引っ越しされて、ますます便利になりました。

今年は、レストランのフロアの壁の一面をお借りして、会員の写真十数点が展示されています。

展示準備風景。クリックするとちょっと大きくなります。

12月中に、SOHO Japanさんでお食事される機会がありましたら、南側の壁にもぜひご注目いただけたら幸いです。


「加藤節雄写真クラブ」会員写真展
Soho Japan Restaurant
195 Baker Street, London NW1 6UY
http://www.sohojapan.co.uk/

火〜土 12:30〜14:30 / 17:45〜22:30
日 12:30〜14:30 / 17:45〜22:00