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9.2.16

チャリティ・ショップ



英国には、チャリティ団体が一般家庭から引き取った不要品を販売する、チャリティ・ショップがたくさんあります。

うちの近所の商店街にも、わずか800メートルくらいの間に、動物愛護団体やユダヤ人の福祉団体など、4、5軒が軒を連ねています。

ただうちから一番近い、という理由だけで、我が家で不要品が出るたびに、私がせっせと足を運んでいるのが、「ノース・ロンドン・ホスピス」というターミナルの患者さんのためのホスピスを運営している慈善団体のチャリティ・ショップ。

昨日、その「ノース・ロンドン・ホスピス」からはじめて、ニュースレターなるものが届きました。表紙は、テレビドラマの「シャーロック」や「オフィス」、映画「ホビット」などで活躍するマーティン・フリーマン。どうも、「ノース・ロンドン・ホスピス」のパトロンのひとりに加わり、ガラ・ディナーに参加した、ということのよう。英国の役者さんたちは、社会活動に関わっている人が本当に多いですよね。

ちょうど、昨日は以前に忘れな草プロジェクトでインタビューさせていただいた方のひとりが、このホスピスで亡くなったという訃報を受けました。お見舞いに行った方のお話によると、とても快適そうなきちんとしたホスピスだったそうです。

自分にとっては処分のために持ち込ませてもらっている不要品ですが、多くの人の手を介して、少しでもホスピス運営に役立たせてもらえるのは、ありがたいなーと思います。ちなみに「ノース・ロンドン・ホスピス」のチャリティ・ショップは、日本語の本も引き取ってくれるとのことでしたので、近隣の方でやり場に困っている日本語の本がある方は、持ち込まれてはいかがでしょうか。

North London Hospice
http://www.northlondonhospice.org/shops/


23.1.15

ブローチの落とさないつけ方

久々に、マリルボーン・チャーチ・ストリートのアルフィーの取材をさせていただきました。英国では、たくさんのアンティーク・ディーラーがひとつ屋根の下におさまった建物を「アンティーク・アーケード」と呼び、アルフィーもそんな場所のひとつです。最後に取材させていただいたのが、2012年4月だったので、2年以上ご無沙汰していたのですが、変わらぬ顔ぶれが多く、「また来たのね」と歓迎されて、なんだかとても嬉しくなりました。

思わず見入ってしまうアイテムがいっぱいのアルフィーなのです。

アルフィーに関しては、「ことりっぷWeb」をご覧いただければ、ということで、今回は取材中の衝動買いについて、ちょっと触れたいと思います。

このお仕事をしていると、お店取材のときに、「衝動買いの衝動」に突き動かされそうになることもしばしば。興味深いものやすてきなものがいっぱいでも、最初から高くて手が出ないとわかっているときは、まだいいのですが、自分の射程範囲内の価格だったりした日には、心の羽交い締めをゆるめることなく、「私は狭い家に住んでいます。ものを置く場所は1ミリもありません」というおまじないをブツブツ口のなかでくりかえすことになります。

そんな努力の甲斐あってか、取材中にお買い物をすることはほとんどない私ですが、この日のアルフィーでは、ちょっと勝手が違いました。だって、目に入ってしまったのです、この3匹が。

「見ざる聞かざる言わざる」のブローチ

私は特にアンティークのコレクターでもなければ、アクセサリーをつける方でもないのに、すごくすごく欲しくなってしまったのです。お店の方によると、1910年から1920年くらいにつくられた象牙のブローチだそうです。

そこでお値段を聞いたところこれまた、手の出る値段。もうこれは運命、と思ってクレジットカードを差し出しました。

さて、そのときお店の方に「これ、使う予定なの?」と聞かれ、「もちろん」と答えると、ピンの部分を調整してくれて、「ブローチをつけるときは、2回刺すようにしてね」と言われました。実演して見せてくださったのは、こういうことです。

針をこんなふうに刺して出して刺して出します

「そうすることによって、ほらね」と、針をフックから外して「落ちないでしょ」とお店の方。なるほどー、と目からウロコでした。「なくしたくないブローチは、2度刺し」なのだそうです。

皆さまも、ぜひぜひお試しください。

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Facebookのページを開設しました。お仕事の情報とロンドンの小さなネタを地味にアップしています。よろしかったらのぞいてみてください。
http://www.facebook.com/kresseuropelimited

2.11.13

おすすめしたい私の好きなふたつのこと(もの)②


読書中はついついカバーを脱がしてしまう私です(同じ写真でスミマセン)。

さて、急にふたつに分けることに決めた、「おすすめしたい私の好きなふたつのこと(もの)」②は、ミュージシャンであり詩人のパティ・スミスさんの「ジャスト・キッズ」という本です。

この本がうちのポストに届いたのは、今年のはじめのことでした。以前にお仕事で、何度かご一緒した、お友だちのライター兼翻訳者の小林薫さんが、ご自身の訳書が出版されたから、ということで、わざわざ日本から送ってくださったのです。

今年前半は、私も仕事が忙しく、落ち着いて本を読む間もなく、時が過ぎてしまったのですが、秋になってようやくまとまった時間ができて、読み始めたが最後、もう夢中で最後まで読んでしまいました。

この本は、パティ・スミスが、1989年に41歳の若さで亡くなった写真家ロバート・メイプルソープと過ごした20年間を綴ったものです。1967年、まだなにものでもなかった20歳のパティ・スミスが、スーツケースひとつでNYに出てきて、ホームレス生活を送っているところに出会ったのが、こちらもまだ、なにものでもなかったロバート・メイプルソープだったのです。

ふたりは恋人であり、兄弟のようであり、同士であり、そしてロバート最期の日まで絶対的な親友だったことが、この本からうかがえます。アートに悩み、自分のアイデンティティやセクシャリティに悩み、壁に爪を立てるようにもがく彼らの周りには、ウォーホールや先日亡くなったルー・リード率いるヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジャップリン、ウィリアム・バロウズ、ジム・キャロルといったそうそうたるビートニクの主要メンバーがいました。

当時まだなにものでもなかった人々と、すでに世に名前を馳せていた人々、道半ばで命を落とした人、いまもそれぞれの業界を牽引している人、そんな数々の名前が交差して、人間関係をかたちづくり、離れ、戻り、必死に自己表現の道を探す様子が、とても興味深く描かれています。

そしてなんといっても、パティ・スミスのポエティックな表現が、ただでさえ興味がつきない当時の人間関係を、さらにリリカルにひもといていくのです。

そんな文章の魅力をあますことなく訳文で表現した、小林薫さんと共訳者である、にむらじゅんこさんには、心からの敬意を表したい気持ちです。

秋の夜長、ちょうど読書のシーズンです。
よろしかったら、ぜひお手にとってみてください。

「ジャスト・キッズ」(河出書房新社刊)2380円(税別)
パティ・スミス著 にむらじゅんこ/小林薫 訳

秋の夜長にぜひ。


12.10.13

ポルトガルに一目惚れ(2)

「アートとは遊びごころである」……とは、私がいま思いついた言葉なんですけど、これ、まんざら嘘じゃないような気がします。が、どう思われるでしょうか。

ひとつ前のポストでも書きましたが、今回のポルトガル旅行は、ロンドンからリスボンに飛んで、カシュカイシュという海辺の街から始まりました。空港に着いて、地下鉄でリスボンの中心に向かい、その後リスボンのターミナル駅からカシュカイシュまで、各駅停車でも30分ちょっと。ポルトガルという国に足を踏み入れて、カシュカイシュのホテルに到着するまでのわずか1時間ほどの間に、すでに、私はこの国の余裕というか、遊び心にすっかり心を奪われてしまいました。

例えば、空港の地下鉄駅で。

なーんか勇気づけられる言葉じゃあ、ないですか。

生活に必要かと言われると、ぜんぜん必要じゃない、だけどちょっと心を豊かにしてくれるもの。ふっと表情を緩ませてくれるなにか。そういうものが街のそこここで目に飛び込んできて、なんというか、そんなアーティスティックな遊びごころに、一目惚れしてしまったのです。

例えば、電車のドアにも。ちょっとしたデザインに遊びごころがあるのです。

チケットを買いましょう、とかそういう意味?

ほかにも、「不思議の国のアリス」のなかに出てくるウサギが大きくいくつもプラットフォームに描かれている駅もあり、なかなか迫力がありました。

カシュカイシュでも、たぶん一日30人くらいしか通らないんじゃないかなーと思うような場所に、こんな休憩所みたいなところがあり、屋根の格子が無駄に計算されていて、美しい影を地面に落としていたり。

思わず、立ち止まって見入ってしまいます。

たぶん、ほとんどの人が目にとめないだろうなぁと思う、奥の壁には、こんな絵が描かれていたり。

ついでに、このフキダシの(定番すぎる)落書きにも笑ってしまいますが。

海辺のショッピングセンターの壁がこんなふうに……

一見よくわからないと思いますが……。

ちょっとよく見ると……

アジサイの花は、壁に描かれた絵で、ローズマリー(?)のような鉢植えだけが本物です。

こちらはポルトの街中で。

きれいなアズレージョですが、ベランダに飾り窓の女?

ちょっと拡大……。

下の階にもマネキンがいるのです。

当然のことながら、食品のパッケージのデザインも優れたものが多いなぁと思いました。

イカとかタコの煮込みの缶詰が、最高においしいのです(涙)。

国の経済状況が悪く、苦境のなかにいる国、と聞くと、まず、壁に描かれた「FUxK」とか、街に溢れる物乞いとか、どこか荒んだ空気とか、そういったものを連想してしまいがちですが、国の置かれた経済的な苦境と、人々の遊びごころは、実のところそれでも共存できるものなのだとわかって、心からほっとしてしまったというか、そこに救いを見たような気がしました。

肩肘張らない、どこかひとつ力の抜けた遊びごころからくるアートが、こんなにカジュアルにもたらされる背景に、この国の人たちの精神的な余裕のようなものを感じてしまうのです。それは、あの美しいアズレージョを、風雨にさらされることもいとわず、惜しげもなく外壁に使う精神とちょっと通じるのかしら、とも思ったり。

このスカートも、たぶん誰かのいたずら……とは思うのですが、なーんかキュート。

平日は静かなカシュカイシュでしたが、週末の夜にはものすごい数の人たちがやってきて、お祭り騒ぎでした。駅前にはこんな顔が設置され……。

駅前のロータリーの中央に立体的な顔型の巨大スクリーンが設置され、
そこに人々の顔が映し出される仕組みです。すごいリアルでした。

美術館に行かなくても、生活のなかで触れられる小さなアートがいっぱいあるっていいですよね。



10.10.13

ポルトガルに一目惚れ(1)

ポルトの一角。壁には一面に、惜しげもなくアズレージョが。

先月、休暇でポルトガルに10日間ほど行ってきました。

格安航空会社のフライトを使って、まずはリスボンに飛び、リスボンから電車で30分足らずのカシュカイシュという海辺の町に6泊、そしてリスボンから長距離電車に乗って3時間、ワインで有名なポルトに向かい、そこで3泊してきました。

夫のいとこがポルトガル人女性と結婚して、ここ10年ほど住んでいること、イカやタコなど英国ではあまり一般的じゃない魚介類も豊富で、食べ物がおいしいと聞いていたこと、ちょっと前に雑誌の企画でポルトガルのタイル(アズレージョ)に関する記事に関わったこと、カステラ食べたい〜などと思ったこと、などなど、ひとつひとつはかなり薄い動機づけですが、そういう小さな「行ってみたいかも」が重なって、ここ数年私にとってポルトガルは「ちょっと気になる国」ではありました。そんな折に、以前から愛用しているオンラインの旅のセレクトショップで、カシュカイシュのホテルのスイートルームが安く出ていたので、「はっ、これはっ!」と飛びついた次第です。

今回、ポルトガルに行くにあたって、いくつか関連の本を日本から取り寄せましたが、そのなかで、本当に本当にお世話になったのが、矢野有貴見さんの「レトロな旅時間 ポルトガルへ」というガイドブックです。ふつうのガイドブックとちょっと違って、著者の矢野さんの目線が光る、彼女の好きなものを詰め込んだんだろうなぁと思えるつくりになっています。

こちらの本のタイトルにも「レトロ」という言葉が使われているとおり、実際に行ったポルトガルは、なんとなく「なつかしい」感じのする場所でした。初めて行ったこの場所の、なにが「なつかしい」と感じさせるのか、自分なりに考えてみて、ちょっと語弊があるかもしれませんけど、「貧しさ」なのかなぁと思ったりもしました。貧しさというと、ネガティブな、「負」の印象がつきまといますが、決してそうではなく、古いものがそのまま修復もされずに残っている、そういうビジュアルが「なつかしい」という感情を刺激するんじゃないか、と思ったのです。

金融業界では「PIGS」(ポルトガル、アイルランドまたはイタリア、ギリシャ、スペイン)なんて言葉があるようですが、ポルトガルは自国では経済回復が難しいと言われている、経済的には苦境のなかにいる国として知られています。経済状況が悪いことは、決して喜ばしいことではありませんが、それでも皮肉なことに、好景気の国の都市がおしなべて、資本主義経済にお決まりのチェーン店で埋め尽くされて、その土地のアイデンティティを失っていくのに対して、例えばリスボンもポルトもちょっとボロッとしてるかもしれないけれど、そこには17世紀とか18世紀からあったと思われる美しいアズレージョが残っていて、無性に心を打つものがあります。そしてなによりも、そこで暮らす人々に、すさんだ感じがないことに救われるのです。

そんなこんなで、何回かに渡って、私がポルトガルで心奪われたものについて綴っていきたいと思いますが、まず今回は私の目を惹きつけてやまなかった、美しいアズレージョを一気に写真でご紹介します。

アズレージョというのは、もともとアラビア語の「磨いた石」を意味する言葉がその語源で、確かにトルコやモロッコで見られるようなスタイルのものもたくさん見かけました。しかしトルコなどでは、建物のなかに使われるこういったタイルが、惜しげもなく外壁に、しかも一面に張られているのが圧巻です。

とにかく普通のお家の壁が、こんな感じなのです。

アズレージョと聞くと「青」の印象が強かったですが、さまざまな色があります。

よく見たら色違い。

こんなふうに壁一面に。

何回も張り替えられたのかなぁと思う建物もあります。


アズレージョは、陽光によく似合う。

オランダのタイルのようなものも。

街角の平屋が続く小道もアズレージョ。まさに生活風景なんですね。

ポルトの教会の外壁に張られたアズレージョ。圧巻でした。

こちらはポルトの駅のなかのアズレージョ。

街角のキオスクにもタイルが使われています。

そうそう、アズレージョについていろいろ知りたくて、前述のガイドブックに載っていた、リスボンの国立アズレージョ博物館にも行ったのです。現在も使われている古い修道院の一部に設置された博物館で、チャペルもあり、展示物もさることながら、その建物自体があまりに美しかったです。

こちらはアズレージョ博物館の食堂のなか。

博物館の中庭に面したアズレージョ。

夢のような時間を過ごさせていただきました。

ちょっと行きづらい場所ですが、駅から20分歩く価値は充分にあると思います。機会がありましたら、ぜひ。

Museu Nacional do Azulejo  (National Tile Museum)
Rua da Madre de Deus 4, 1900-312 Lisboa
http://www.museudoazulejo.pt/









23.9.13

If I rule the world...

なかなかかわいい花ではありますが。

これ、なんの花だかおわかりになりますでしょうか。花よりも葉っぱに注目されるほうが、わかってしまうかもしれませんね。

これ、春菊の花なのです。バジリコやシソなどもそうですが、ハーブや野菜で葉を食用するものは、花を咲かせると種を残すことにすべての栄養が集中してしまい、葉の味が落ちるので、春菊もきっとそうなのでは、と思い、つぼみを見つけたらすかさず取り除いていたのですが、どうもその目をすり抜けて、みごとに花を咲かせてしまったようです。

さて、最近は畑のお話ばかりで、このブログもなんとなく「畑ブログ」と化していますが、今回はちょっとだけ違うお話です。

といっても導入は、またまた畑のお話なんですけど…すみません(となぜか謝ってみる)。

今年のロンドンは6月までフリースを着ていたくらい寒く、お天気が悪くて、農作物の生長が非常に遅かったのですが、7月に急に盛り返し、私がロンドンに住んで18年、こんな夏は初めて、というくらいの、激しい夏日が続きました。

今日は、キュウリ、インゲン、ズッキーニ、水菜、春菊を収穫しました。

そのため、ここ数週間の収穫は激しいものがあり、本当に小さな私の畑からも、キュウリが毎週1キロ、インゲンが毎週500グラム、春菊はぼうぼう、ズッキーニも毎週2〜3本という状態がすでに数週間続いていて、また、かぼちゃもいままでに13個収穫しました。畑の大家さんも、「今年の収穫は、いつになくすごい」と言っていて、私自身の農作物に加えて、畑の大家さんからのお裾分け、隣近所の畑からのお裾分けで、今日はまた、全部で10キロ近い収穫物を抱えてうちに帰ることに。

ということで、最近の私はこの収穫物を無駄にしないために、保存食の作り方のリサーチに余念がありません。

で、ここからが本日の本題です。

日本のレシピを検索しているぶんには問題ないのですが、英国のレシピで、私がいまだにイラッとくることがひとつ。

21世紀のきょうび、なにが嬉しくて、
いまだにメートル法で表示してくれないのか。

ということです(ふー)。

例えば、リンゴのチャツネを作ろうと思って、見つけたレシピ。

3lbs apples chopped
1 1/2lbs onions chopped
1/2lb sultanas
1pt vinegar
1oz salt ………といった具合。

3lbsっていうのは、3ポンド(1ポンドは、453.59グラム)、1ptっていうのは1パイントのことで、英国のパブでお馴染みのパイントグラス1杯分の0.568リットルのことです。1ozは、えーと……28.3495231 グラムだそうですよ(怒)。オンスに至っては、ozというより、orzという気分です。

しかも、なにが気にくわないかって、「ポンド(pound)」って言いながら、単位を表すアルファベットは「lb(複数形はlbs)」って、なんなんでしょうか。

それで、手っ取り早く、手近にいたうちの夫(英国人)に自国を代表して、納得いく説明をしてもらおうと、「lbs」ってどういうことよ?と絡んでみました。

すると「それはね、『リラ』と同じコトなんだよ。ほら、イタリアの通貨だった『リラ』」。

………。

ハァァ〜ア(怒×2)???

以下、彼の言い分をwikiで仕入れた情報を加えながら、(少しは)わかりやすくまとめてみると……。

「lb」は、もともと古代ローマで使われていた単位「Libra(リブラ)」から来ていて、天秤を表す言葉だそうです(天秤座のことをリブラって言いますものね)。それじゃあ、「ポンド」っつうのは、どこから来たのさ、っていうことなんですが、wikiによると「×× libra pondus(××リブラの重さ)」の「pondus」からきているそうなんです。つまり本来の単位はリブラなのに、「重さ」を表す言葉を使っちゃったってことのようです。もう、分かりづらいったらないですね。

ついでに、通貨のポンドのお話になりますが、昔の銀製のポンド硬貨は、1ポンド(453.59グラム)の重量だったらしいです。ずいぶん重いですが、まぁ、もちろんお金の価値も全然ちがったのでしょうし、よって、ポケットが「ジャラジャラ、ビリッ、ゴロンゴロン」てな惨劇に見舞われることもなかったのでは、と想像しますが……。

ちなみに、うちの夫が言うように、イタリアの旧通貨のリラも語源を同じくしているとのこと。英国ポンドを表す「£」もリブラの「L」からきていて、それゆえにリラと同じ記号なんだそうです。これはちょっと目からウロコでした。

それにしても、この単位をいちいち換算しないとやはり感覚がつかめない私(うちの料理用の量りもグラム表示ですし)。やはりちょっとイラッときます。

先日、知り合いの方のお家でいただいたキュウリのピクルスがすごくおいしかったので、ぜひぜひ、レシピを教えて、とお願いしたら、メールで届いたレシピのはじまりがこれ。

Here is the recipe for pickled cucumbers:
• 4 quarts cucumbers, medium-size, sliced (about 6 pounds)

ク、クオーツってぇぇ?? ああ、もう、please shoot me now.

If I rule the world, I will ban the use of any other units apart from the metric system in recipes.

と声を大にして言いたいです。メートル法ばんざい。



14.8.13

映画「ハーフ」のお知らせ。


以前にブリックレーンのギャラリーで開催された、エキシビションイベント「Hafu」について、このブログに書いたことがありました。早いもので、すでに5年近く前のことなんですね。

今回、この「Hafu」プロジェクトの発起人のひとりであるリゼ・マーシャ・弓美さんがテーマ顧問とリサーチャーを務められた、映画「ハーフ」が10月5日(土)から、渋谷アップリンクで上映されるそうです。

予告編だけ拝見しましたが、私も日本にいたらぜひ観に行きたかった作品なので、ご興味のある方は、ぜひ足を運んでみてください。早くロンドンでも上映されるといいなぁと思っています。

映画「ハーフ」公式サイト http://hafufilm.com/
渋谷アップリンク http://www.uplink.co.jp/
マーシャさんとナタリーさんの「Hafu」プロジェクトサイト http://www.hafujapanese.org/

※一般公開に先駆けて、プレス向けの試写会は8月下旬〜9月中旬に複数回予定されているそうです。関係者の方で、ご興味のある方は、上記公式サイトの「お問い合わせ」にありますメールアドレスまで、ご連絡なさってみてください。





11.7.13

ローラ・ナイトのポートレート展

思わずこういう写真が撮りたくなる、ローラ・ナイトのセルフポートレート。

今日、7月11日からナショナル・ポートレート・ギャラリーで開催される、ローラ・ナイトのポートレート展のプレス・ビューに行ってきました。

私も、今日資料をちゃんと読むまでよく知らなかったのですが、ローラ・ナイト(1877〜1970)は、英国を代表する女性画家であり、英国ではキャリアを追求する女性の草分け的存在のひとりとされているそうです。

そんな彼女の作品を時系列に追って紹介しているのが、このエキシビションで、ローラ・ナイトによるポートレートを集めた初のメジャーなエキシビションとのこと。

プレスビューでは、この企画を担当したキュレーターのロージー・ブロードリーさんによる解説があって、彼女の作品そのものもさることながら、その変遷を通して20世紀の英国における女性の立場が読むようにわかる、そんなエキシビションでした。

例えば、ローラ・ナイトは13歳のときに、最年少の生徒としてノッティンガム美術学校で学び始めるのですが、当時の英国の公立学校では、女子生徒は生身のヌードモデルを見て描くことが許されておらず、人体モデルやマネキンを見て描くしかなかったのだそうです。同じく絵描きの男性と結婚し、コーンウォールのアーティスト・コミュニティに移り住んだ彼女は、ここでようやく、友人で同じくアーティストのエラ・ネイパーをモデルに、裸婦を描いている、というのが、入口の一番近くに展示されている上の写真のなかの作品です。

ローラ・ナイトの作品群を見ていて、私が興味をそそられたのは、彼女が作品のテーマに思い切り踏み込んでいる点でした。例えば、シアターやバレエの舞台裏に入り込んだ絵を描いていたり、ジプシーのコミュニティに何ヵ月も通って、そのなかの一家族と親しくなり、彼ら家族全員のポートレートを描いていたり、サーカス団について一緒に移送しながらその様子を描いたり、と、まるで、写真でいうところのドキュメンタリー写真のような作品づくりをしていたようです。

また、第二次世界大戦のときには、従軍記者として戦地に赴き、工場や補助部隊で働く女性の姿を描いたり、そしてニュルンベルグ裁判のときも記者席からその裁判を見つめ続け、その様子を作品にしています。

写真家が従軍するというのは、よく聞く話ですが、画家が、しかも女性の画家が従軍する、ということもあるなんて、正直なところ、まったく考えたこともなかったです。

その功績は広く認められ、王立芸術院で初の女性正規会員となったり、また、男性の「ナイト」に相当する「デイム」の称号を与えられたり、と、おそらく、英国の女性画家としてはその社会的地位をきちんと認められた、最初の人といっても、過言ではないのかもしれません。逆に言うと、女性のアーティストが立場を認められるようになったのも、ほんのここ100年ほどのこと、ともいえるのでしょう。

作品の美しさはもちろんなのですが、働く女性にとっては、なにかしか共感が得られるエキシビションだと思いました。

Laura Knight Portraits
National Portrait Gallery(10月13日まで)
http://www.npg.org.uk/whatson/laura-knight-portraits/exhibition.php


27.6.13

長州五傑とムンクの150年。

昨日今日と2日連続で、ちょっと興味深い映画を観てきましたので、そのお話など…。

今年2013年は、日英学術交流150周年にあたるのだそうです。

その「学術交流」の夜明け、つまり150年前になにがあったのか、というと、伊藤博文、井上馨、遠藤謹助山尾庸三井上勝の5人が、長州から「密航者として」ロンドンにやってきたのです。

西洋の文明を学ぼうと命をかけてやって来た、一般に長州五傑と呼ばれるこの5人組を受け入れたのは、ロンドンのUCL(University College London)でした。当時、ケンブリッジやオックスフォードは、海外からの肌の色の違う学生の受け入れはしておらず、UCLだけが外国の学生に門戸を開いていたのだそうです。

長州五傑、日本の初代総理大臣となった伊藤博文はよく知られていますが、ほかの4人も、井上馨は初代外務大臣を務め、遠藤謹助は造幣の父、山尾庸三は日本工業の父井上勝は鉄道の父と呼ばれ、それぞれが英国で学んだ技術やノウハウを日本に持ち帰り、日本の近代化に尽力したと言われています。

さて、この5人の活躍を描いた映画「長州ファイブ」を、この5人が150年前に学んだUCLで上映するというので、観に行ってきました。






ちょうどこの日の朝、ふとネット上で見かけた方のプロフィール欄にあった「単身で渡米」という一行に、思わず目が止まってしまい、このご時世、「単身で」渡米ってあえて書くのもどうなんだろう……と思っていたところのこの映画。これを観てしまったら、現在の「単身で渡米」は、「地下鉄で大手町へ」というのとどれだけ違うのか、というくらい、簡単なことに思えて、やはりプロフィール欄に書くにはちょっと恥ずかしいかなぁと思ってしまいました。

この映画、ちょっと長めではありますが、英国に関心のある方にも興味深いお話なので、機会がありましたら、ぜひご覧になってみてください。

さて、続いて今日、会員になっている近所の映画館でムンク展に関する映画を観てきました。


Exhibition: Munch 150 cinema trailer from Seventh Art on Vimeo.

最近、英国では、「Exhibition on Screen」と題して、展覧会を映像で紹介する映画がいくつか上映されています。

今年はムンクの生誕150周年にあたる年とのことで、オスロの国立美術館とムンク美術館の2館共催で合計220点もの作品を展示する一大ムンク展が開催されています。

映画のなかでは、この作品群のなかから、特に重要な数点を取り上げると同時に、担当キュレーターの方のお話や、ムンクの生涯にも光を当て、「叫び」だけではないムンクの世界を紹介しています。

私のようなアートに詳しくない門外漢にもわかりやすく、また、当時のアート界がどのようにムンクの作品を受け入れたか(または受け入れなかったか)など、大変興味深い内容でした。

これを観たら、実際に展覧会にぜひ足を運んでみたくなる、そんな内容です。展覧会に行く前の予習として、この映画をご覧になると、おそらく展示を見て歩くのも2倍楽しくなるように思いました。

昨日から始まったナショナル・ギャラリーでの「フェルメールと音楽」をテーマにした展覧会に関する映画も、もうすぐ上映されるそうなので、これはぜひ映画で予習してから観に行きたいと思います。

たまたまではありますが、長州五傑が英国に来たのも、ノルウェーでムンクが産声を上げたのも、同じ150年前の1863年。150年という歳月が、長いのか短いのか、わかりませんが、長州五傑も、ムンクも、150年後の世界がこんなふうになっていることを想像したのか、しなかったのか。自分の目で見ることはないだろう150年後の世界が、どんなふうになっているのだろうと、私もふと考えてしまいました。

3.6.13

まぁ、それも悪くないのかもしれない、と、頼まれてもいないのに悶々と考えて みる。

日本で走る少年の姿を見ると、なぜか無条件で感動してしまう私。

2ヵ月ぶりくらいに、また東京に帰ってきた。

日本に帰ってくると、とにかくなにを食べてもおいしくて、滞在一週間目にして、ただでさえドッシリしている下半身がさらに一回り大きくなって、ほっそりした人の多い日本で、余計に際立つおのれのデカさにショックを受ける、という……嬉しくもあり、悲しくもあり……。

電車がビシッと時間通りに来るので、あらゆることの時間が読める、がゆえに、ちょっと待ち時間があったら、これやって、あそこに寄って、という感じになり、なんだかやたらとバタバタ忙しく慌ただしくなってしまい、常に時間に追われているような気分に……嬉しくもあり、悲しくもあり……。

といった具合に、「自己管理能力」という耳の痛い一言をたかーーい棚に「ヨイショ」っと載っけたうえで言えば、すべての物事にはよい面と、悪い面がある。すべての人間に、長所と短所があるように。

それを一番強く感じてしまうのが、日本でのコミュニケーションで、「阿吽の呼吸」というか、自己完結的「予定調和」というか、日本には独特の会話のお作法がある。それは形式美ともいえるし、だからそこにはある種の「美しさ」はあるのかもしれない。

だけど、海外生活が長くなってしまったせいか、私の場合、たまに帰ってきても、それにうまく反応できず、相手を戸惑わせてしまったり、もっと悪いときには機嫌を損ねてしまい……もっと正確に言うなら、本当に不機嫌になっているわけではなく、不機嫌な態度をとることで「私がお作法から外れている」ことを知らしめようとしているのだと思うけど……こちらも不快な気分を味わうことも、まぁ、たまにある。私からしてみたら、そういう物言わぬ意思表示というのは、コミュニケーションとしては未熟なような気もしてしまうのだけれど……。

先日も、テレビを見ていたら、私も名前を知っているくらい有名な教育学者の先生が、「日本では、話の内容そのものよりも、話し方のほうが重要です」と相手に不快感を与えない話し方について指南していた。話の内容よりも話し方? これって「プレゼントの品物よりもラッピングのほうが重要です」って言い切っているも同然のような……ほんとにそれでいいんだろうか。

今日、丸ノ内線に乗っていたら、ドアの上のモニターに東京メトロのCMが流れていた。

OL風の堀北真希ちゃんの「ミスをした」というモノローグから始まるこのCM、次のシーンでは、彼女よりも少し年上のスーツ姿の男性と一緒に、「申し訳ありませんでした」と、取引先の応接室っぽいところで並んで深々と頭を下げている(1)。そして「上司まで巻き込んでしまった」というモノローグ。ふたりは地下鉄に並んで座り、彼女は頭をうなだれている。彼女のほうから思い切ったように上司に「すみま……」と言いかけると、彼は急に立ち上がって電車を降りてしまう(2)。黙ってついていくと、そこは築地駅。上司はずんずんと魚市場のなかを歩いていく(3)。両脇に並ぶ新鮮な魚と活気ある魚屋さんたちを見ながら歩いているうちに、ちょっと表情が明るくなっていく彼女に、「ついてこいよー」と声をかける上司。「こんにちはー」と言いながら彼が入っていったのは、お寿司屋さんっぽいカウンターのお店(4)。「海鮮丼ふたつ」(5)と注文した上司と彼女の前に、「はい、お待ち」と海鮮丼が供される。上司はもりもり食べ始め、戸惑う彼女のほうを向いて、笑顔で「食えよ」と言う(6)。上司のやさしさに笑顔になる彼女のモノローグ。「東京には力をくれる場所がある」。再び地下鉄駅。「すみませんでした」と頭を下げる彼女に、上司の一言「うまかっただろ」(7)。と、こんな60秒のCMだった。

ふつうにいい話、なのだろう、とは思う。このもの言わぬ上司の、不器用なやさしさに感動するべきなんだろう、とも、思う。

だけどこれ、うちの夫をはじめとする、英国人にわかるかなぁとふと考えてしまった。

ロンドンで自分の身の回りにいる英国人たちを勝手に思い浮かべて、堀北真希ちゃん演じるOL役と彼女の上司役を勝手にあれこれキャスティングして、考えてみた。エリンをOL役にウィルを上司役に、いやいや、ロレンをOL役にジョンを上司役に、などなど。丸ノ内線を降りて、中央線に乗り換えて、四谷駅から立川駅までえんえん考えてみたけど、誰もピンとくるキャスティングが思い浮かばない。

というより、むしろ、これはキャスティングの問題じゃなく、やはり脚本の問題だろうなぁと、一応検証してみたものの、実は最初からわかっていた問題点を(誰にも頼まれてないけど)具体的に考えてみた。

まず、ただ謝ってすむ問題なら、あえてふたりで謝りに行く理由がわからないし(1)、相手が誠意をもって謝罪の言葉を述べようとしているのを無視して、勝手に地下鉄を降りる(2)っていうのは、実にマナーを欠いた行為だし、昼間っからビリングゲート(ロンドンの魚市場)にいきなり行くのも意味がわからないし、っていうか、黙ってそんなところについていかないし(3)、相手がお腹すいているかどうかもわからないのに勝手に食べ物屋に入るのもどうかと思うし(4)、しかも勝手に相手のものも注文し(5)、ベジタリアンかもしれないのに、食えよと強制する(6)パワハラぶりで、しまいにゃ、謝っているのに「うまかっただろ」ってこの人ボケるにもほどがある(7)……ということに、まぁ、なりかねないかも……と。

なんて考えつつも、「ああ、いい上司なんだなぁ」って、このメッセージがちゃんとわかるのって、日本人だけかもしれないって思うと、それはそれで、そういう独自のコミュニケーション文化があっても、まぁ、悪くはないのかもしれない、とも思う。それでしみじみできるなら、おそらく、それでしみじみできないよりかは、きっといいんだろう、たぶん。

この感覚は、なんというかこう、学校の勉強はすごくできるけど、友だちづきあいがありえないくらい下手くそな、オタクな三男坊を擁護する気分にたぶん似てる。本当は心のやさしい子なのよ、って。あの子のよさをわかってくれるやさしい女の子がひとりいてくれれば、ほかの人にわかってもらえなくても、まぁ、仕方がないか、っていう。

うーむ……。

と、日本に帰ってくると、そういう、ふだんはあんまり考えないどうでもよいことを、あれこれ悶々と考える機会を得られるのも、これまた、嬉しくもあり、悲しくもあり。そしてなにより、ウザくもあり(私が)。

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東京メトロCM「力をくれる篇(60秒)」

4.5.13

紙の本の贅沢時間。

電子書籍の便利さは捨てがたいのですが。

私のデスクの左端には、常時、読んでいる途中の本、次に読まなければと思っている本が、かなり高く積み上げられています。いま数えたら35冊。英国が地震のない国でよかった(いまのところは)。

とはいえ、最近は、私もKindleを愛用していて、以前よりも紙の本を読むことが少なくなりました。旅行のときなど、限られた荷物のなかで、Kindleをひとつもっていけばいいのは、代え難い便利さですし、また、海外在住者にとってはいちいち高い送料をかけて、日本から本を取り寄せるよりも、経済的に、そして瞬時に手元に読みたい本がやってくる電子書籍は、10年前から考えたら奇蹟のような存在です。

それでも、読みたい本に限って、電子書籍になっていないことがいまだ多く、なんだかんだで、この本の塔が低くなることはありません。今週末、英国は月曜日がバンクホリデーで3連休なので、これを読み出したら、絶対ほかのことができなくなるに違いない、ということで、がまんしてきた禁断の果実に、ついに手を出しました。

紙の本の読書は、電子書籍の読書よりも贅沢だなぁと感じます。それは、そこにかけられている物資や労力などコストの違いということもありますが、なによりも紙の手触りや、インクのにおいといった五感に訴えてくるものが大きいと思います。

また、電子書籍で本を読み始めたときに、軽い衝撃を覚えたのは、本が「突然終わる」ということでした。それは、コンテンツとしての内容が突然終わるわけではなく、なんというか、あとどのくらい残っている、という明確な感覚のないままに夢中に読み進めているうちに、突然「はい、おわりっ」と言われる感覚なのです。

もちろん、Kindleも下の方をちゃんと見れば、「残り何パーセント」とか、聞いてもいないのにご丁寧にも「読み終わるまであと何分」とか、出ているのですが、本を夢中になって読んでいるときというのは(私だけかも知れませんが)、そんなことは見ちゃいないのです。それで、最後のページで、突然にバサッと切られるような、「えっ、おわり??」という感覚があるのかな、と思いました。

この感覚を体験して初めて思ったのが、私たちが紙の本を読むとき、通常、ページをめくるたびに、左手から右手へと一枚一枚紙の重みが移行していく、これって、実は無意識のうちに、お話の終わりへと向かっていく心の準備を促しているのではないか、ということです。特に気に掛けていなくても、残り数ページになったら、ああ、もうすぐ終わりなんだなと、否応なしに意識する。なるほど、こんなふうに終わるんじゃないかな、という、考えをめぐらせる。それは、2時間ドラマを見ているときに、1時間半経過したら、そろそろ種明かしでしょう、と準備する感覚と似ているかもしれません。

そんなふうにして、読書は目を通じて、脳にいき、あとは脳の中で完結するもの、と思っていたら大きな間違いで、読み手がページをめくる指と、手首と腕にかかる重みとで、もっと物理的に本をとらえ、そしてこの物理的信号をもとに、思いのほか能動的に起承転結を受け入れる準備をしているんだなぁ、と。あまりに身近なアクティビティで、改めて考えることもしませんでしたが、読書って実は、目と頭だけでしてるんじゃないんだな、と思ったのです。

これからの時代、紙の読書は、ますますラグジャリーなものになっていくのでしょうか。一抹の寂しさを覚えます。

11.9.12

アイルランドで考えたいくつかのこと。

分厚い雲がたちこめる西アイルランドのムルラニー。

3年ぶりにアイルランドに「帰って」きた。

前回のアイルランドは、友人も誘ってわいわいと賑やかな旅で、それがとても楽しかったので、この次も…と思っていたのだけれど、夫のかなり無謀な9月のサイクリング計画に、天候も見えず(むしろ雨になる可能性のほうが高い)、天候が見えないので一日の終わりにどこまでたどり着けるかもわからず(だから宿が取れない)、ずっと雨なら、ずっとパブ(下戸の私にとっては最悪)、などというまったくもって先の見えないプランに、友人を誘うことは躊躇した。

前回一緒にアイルランドに来た友だちに「アイルランドに行くことにしたよ」と告げたら、「えーいいなー」と言われたけれど、「でも雨のサイクリングになるか、一日パブだよ」と返したら、「そうなんだ、がんばってね」と、あったかパンツと速乾性のあるズボンを持ってきて貸してくれた。Nちゃん、ありがとう。

というわけで、今回は前半3日間は夫とふたりのサイクリング旅行、後半3日間は親戚三昧の旅となった。サイクリングのほうは、アイルランド西部のメイヨーの端っこにある、ウェストポートという町からアキル島まで、1937年に廃線になったグレートウェスタン鉄道の線路の跡地に設置された「グリーンウェイ」という42キロのサイクリング&ウォーキングルートをたどる、という計画だった。これを3日間で往復するので、単純計算すると一日25キロ〜30キロ走ればよい。

自転車に乗っている間は、ほとんど会話はない。ただひたすら、アイルランドの重い雲と、低い山と、それほど濃くはないけれどしっかりと大地に根をはった緑と、遠くに見える海をながめながら、自転車のペダルをこいだ。

そのどこまでもアイルランドな風景をながめながら、いろいろなことを考えたので、ちょっとだけ書き留めておきたい。長くなりそうなので、がんばらないで、適当にスルーしていただければ幸いです。

こちらもムルラニーで。


アイルランドは、私にとってはかなり特別な土地だ。夫の両親がアイルランドの出身で、子ども時代の夫にとっては夏休みの帰省先だったこともあり、いまだ親しくしている親戚も多い。私も、夫とつきあい始めて彼の親兄弟と会うよりも先に、アイルランドの親戚たちに紹介された(たまたま、いとこの結婚式があって、そこに連れて行かれたのだ)。彼らがその日から線引きもなくファミリーとして受け入れてくれたことは、東京郊外の核家族で育った私にとっては、ある意味衝撃だった。そんなこんなで、ここ15年ちょっとの間に、私にとってもアイルランドは「行く」のではなく「帰る」という感覚を伴う場所になった。

夫の親戚にも一様に言えることだけれど、アイルランドの人々は、とにかくおせっかいなほど親切であたたかい。空港のインフォメーションのおばちゃん(中年女性、というよりあえて「おばちゃん」と呼びたい)が、「あら、バスの時間? 次のまで4時間くらいないわよ。タクシー呼ぶ?」と、この最後の「タクシー呼ぶ?」がついてくるのがアイルランドだなぁと思う。レンタルサイクルのお店で、「かごのついてる自転車? うーんうちでは置いてないなぁ…。あ、売り物のかごだけど、これつけていくか?」と「€35.99」と値札のついたままのかごを、私の借りた自転車の前につけてくれる(私が返したあと、これ売るのだろうか、という疑問も一瞬よぎったけど)。高級ホテル、とされている宿泊先のレストランでも、ステーキの大きいこと。

ロンドンだったら、空港のインフォメーションで、バスの時刻表はくれるかもしれない。でも「タクシー呼ぶ?」とは聞いてくれない。レンタルサイクルの店では「うちではかごのついた自転車はありません(以上)」だろうし、高級レストランの食事が大盛りだった試しはない。

私の知っているアイルランドには(もちろん、ダブリンのような都市部では少し事情は異なるとは思うけれど、少なくとも西アイルランドの田舎の町では)、ロンドンや東京といった、いわゆる「大都市」では定番の「とりすましたスマートさ」、みたいなものはあまりない。むきだしの、というか、洗練されていないホスピタリティなんだなぁ…と、ふと、そこで、それなら「洗練」ってやつは、いったいなんなのだろう、と考えてしまった。

「洗練されたおもてなし」とか、「洗練されたお料理」とか、もっと言えば「あの人は洗練されている」とか、まるで「洗練」がひとつのクオリティ(特質)であるかのように扱われることすらあるけれど、「洗練」そのものはクオリティではないはず。先になんらかのクオリティがあって、それを文字通り「洗って練って磨く」ことに過ぎない…はず。

なにが言いたいかというと、ホスピタリティのないところに、「洗練されたホスピタリティ」はありえない、ってことなのだ。そもそものホスピタリティがないくせに、洗練だけ追い求めようとしたって、かたちばっかりで中身のないものになってしまうのは、当然だろう。ラッピングだけが見事な空き箱みたいに。長たらしい名前のついた凝ったソースだけが売りのお料理のように。ロンドンや東京は、そういう例で溢れていると思う。

無難にホスピタリティについてだけ、触れたけれど、自戒の意味も込めて敢えて言うなら、それって実はホスピタリティだけじゃない、と思う。センスとかスキルとか、目に見えるものも見えないものも、みんなそう。洗練された美しい言葉で綴られた履歴書が、どれだけその人を幸せにしてくれるだろう。追い求めるのは洗練じゃない。先にクオリティありき、なのだ。きれいにまとめることだけに気をとられて、本質を見失ってやいないか、または他者のなかにある原石が、ちゃんと自分の目に見えているのかどうか、自問してしまう。自分は大丈夫なのか、と。

そんなふうに、ふだん意識せずに過ごしていることに、ドキっとさせられたことはほかにもあった。

たとえば、自転車で走っていても、歩いていても、すれ違う人が一人残らず、挨拶してくれること。挨拶されたことにドキっとしたのではない。それに戸惑う自分にドキっとしてしまったのだ。東京でもロンドンでも、知っている人にしか挨拶しない生活に慣れきっている私にとって、前から歩いてくる人に「ハロー」と言われるなんて、想定外のこと。前から人が来た、知らない人だ、と認識した瞬間に、自分のなかでその人は風景の一部に変わってしまっていたのかな、と。自分のすごく傲慢な一面を見てしまったような気がした。

というのも、これと同じことを、どこか地方出身の知り合いに指摘されたことがあったのを思い出したのだ。ロンドンの人は、人を人とも思ってない、そのへんのものと同じように目に映っているだけだ、って。そのときは、ピンと来なかったのだけれど、ああ、こういうことを言ってるんだなって、今回初めてわかったような気がした。確かにこういう場所で育った人にとって、誰も自分を見ることも、自分に注意を払うこともせず、ただ素通りしていくだけのロンドンの街は、さぞや寂しいことだろう。

と言いながら、自己弁護するわけじゃないけれど、私はそんなロンドンが嫌いじゃない。むしろ誰にも注意を払われないことが快適だったりする。これはどっちが正しいとか、どっちが冷たいとかじゃなくて、ものすごく個人的な人との距離の置き方の違いだけなのだろう、と思う。通り過ぎていく車さえ、片手を上げてくれるアイルランドも素敵だとは思うけれど、それじゃあ、明日からいきなりキングズ・クロスの駅で、すれ違う人みんなに挨拶をするかというと、私はしない。

ただ、いままでと同じように距離を置きつつも、すれ違っていく人も、そこで電車を待っている人も、みんな人なんだなぁっていうのは、ちょっと頭の片隅に置いておきたいと思う。決して風景のなかの「もの」ではないんだと。

この人との距離の置き方と関係性について、アイルランドで感じたことをもうひとつだけ書く。これが最後だ。

冒頭に書いたように、私にとっては、96年に夫と一緒にいとこの結婚式に出席したのが、アイルランドのファミリーとの出会いだった。そのとき、一番最初に一番強烈な印象を私に植えつけたのは、当時60代だった夫のおばさんの一人で(正確には夫の母のいとこの妻。かなり遠い存在に聞こえるが、アイルランドではみんな一様にファミリー)、「G(夫)のガールフレンドかい?」と私を見とがめるなり、突進してきて、ものすごい怪力でハグされた。そのときの私は、アイルランド・アクセントの英語を半分も理解できず、勝手に孤独を感じていたところもあったのだが、この怪力ハグの洗礼は、私の体の表面に貼り付いていた緊張をむしり取って引きはがして、ビリビリに破いて風に飛ばしてしまうくらいの勢いがあった。

その後そのおばさんの息子のKが「ごめんね、うちのお母さん、いい人なんだけど、キャラが強くて」と言いにきた。このKと夫の顔がそっくりで、あとから「あなたとKってそっくり。やっぱり血がつながっているのね」と言うと、「いや、Kは養子だから血はつながってないんだよ」と言われて驚いた。「あと、IもMも養女なんだよ」と。

KもIもMも私たちと同年代だ。妊娠中絶が合法でないことも理由のひとつだとは思うけど、私たちの年代の養子縁組は少なくない(妊娠中絶が合法でないために、子どもを育てられない境遇の女性も出産はするため)。KもIもMも、子どものできない夫婦の養子として、乳児の頃に引き取られた例である。IとMは別々の家からもらわれてきた血のつながらない姉妹だが、本当に仲がいい。Mは最初の夫との間に二人の子どもに恵まれたが、Iは子どもができず5年前にやはり養子をとった。

Iの父で今年92歳になるおじさん、おじさんの娘として育てられたI、Iの息子として家族の一員となった小さなR。血のつながらない親子三代が、キッチンで肩を寄せ合いながら、携帯で撮った写真をのぞきこんでいる。愚鈍なほどの実直さで、血のつながりがある親子も、そうでない親子も、毎日同じように淡々とその関係を保ち、毎日を重ねていく。アイルランド人の血には「甘んじて受け入れる」DNAが組み込まれているんじゃないかとすら思ってしまう。

それは、この分厚くて重い雲の下で、しっとりと湿った空気と、ターフ(泥炭)を燃やすにおいのなかで、培われてきた気質なのだろうか。それとも彼らがよりどころとしているカトリックの精神によるものか。いずれにしても、そこには、引き継がれて連綿と続いていくなにかがある。

夫の母が姉妹同然に育ったいとこのひとりで、今年87歳になる元修道女のMおばさんは、今回、夫の顔をまじまじと見てこう言った。「来てくれてうれしい。あなたを見ていると、ラブリーなナンシー(夫の亡母)とトミー(夫の亡父)を思い出す」と。

今回は会えなかったけれど、私に怪力ハグをプレゼントしてくれたおばさんは、ここ数年認知症が進みケアホームで生活している、と聞いた。その息子のKには昨年娘が生まれ、ちょうど新しい家に引っ越した翌日に会うことができた。

Iの妹のMは、ふたりの子どもを連れて、現在一緒に生活しているパートナーとつい先日婚約した。パートナーの側にも前妻との子どもがひとりいて、子どもたちは急に兄弟が増えることになった。

すでに失われてしまったもの。いまここにあるもの。これから生まれてくるもの。その流れをとどめることは誰にもできない。

アイルランドにいると、大地から生まれて、生きて、老いて、死んで大地に還っていく、という、都会の生活で忘れられてしまったかのような、ごくごく基本的な約束がとても身近に感じられる。それはシンプルさを強調する流行でもファッションでもない。自然の摂理の一部として、いままでもこれからも、私たちを巻き込んで普遍的にまわりつづけるものなのだ。

雲が何層にもいろんな高さで重なっている。たまたま晴れ間が見えたときは、気が遠くなるほど美しい。

19.8.12

ブリストル・バルーン・フェスタ(その2 )
(Bristol International Balloon Fiesta)

さて、前回に引き続き、ブリストル・バルーン・フェスタのお話です。

1日目の夜に「ナイト・グロー」という見事なイベントを見物して、ホテルに帰ったのがすでに夜の11時過ぎ。翌朝5時過ぎにはホテルロビーで集合して、会場に向かう、という段取りになっていました。

気球を飛ばすことができるのは、通常一日に2回のみ。一日のうちで一番風が安定する、日の出の頃と、夕方の時間帯だけなのだそうです。そんなわけで、起きなきゃ、という緊張感から、ピシーッと目覚ましが鳴る前に起床。朝の光がまぶしい会場へと向かったのです。

会場では、すでに気球をふくらませる準備が進んでいました。

なんといっても、朝の時間帯に何十もの気球を飛ばすのですから、会場はある意味ラッシュ状態です。まずは気球を地面に広げて、ふくらませて立ち上がらせるわけですが、地面に気球を広げるには相当のスペースを要します。朝のフライトをする気球を一斉に広げられるスペースはないので、一つが立ち上がると、お隣のスペースの人が気球を地面に広げ…という要領です。

メディアセンターで割り当てられた気球をきょろきょろと探しながら、地面に広げられた気球や立ち上がった気球の間を縫って歩きます。歩いているうちに、こんな日本を応援するメッセージの入ったバスケットも見つけました。

日本を応援するバスケットも。

この気球の持ち主である飛行士の方、日本に何度も気球の飛行のために赴いたことがあるとのこと。日本人としては、心打たれるメッセージに感謝しました。

見上げると、朝焼けの空にカモメの群れ。

早朝の空気は、どこまでも清潔で、ほのかに湿度があって、まだなにも書かれていない、まっさらなノートのような、新しい一日を感じさせてくれます。わくわくしながら、ずんずん歩いていくと、とうとう見つけました! 私が乗せていただく気球はちょうど、いまふくらます、というところだったようです。

ボランティアの方が何人かはしっこを持ち上げたところに、熱風を入れていきます。

飛行士の方みずから、ぶおーっと熱風を。

次第にふくらんでいく気球。


この様子を見ているのが楽しくて、気づくと前に出て写真を撮っていたようで、下がって下がって、と3回くらい注意されてしまいました。すみません。


完全に立ち上げる前に、飛行士の方がなかに入って最終確認。

バスケットがむくりと立ち上ろうとしている瞬間。

バスケットの横にある穴に足先を入れて、胸ほどの高さのあるバスケットを乗り越えて中に入ります。私がのせていただいた気球は、なかが4つに仕切られていて、それぞれのブロックに4人ずつ、合計16人乗りという大きなものでしたが、同じプレス・ツアーで来たジャーナリストのなかには、4人乗りの小さな気球に乗った、という人もたくさんいました。

ひとつふたつと、周囲の気球も上がっていきます。

バスケットに乗り込むと、飛行士の方から着陸の時の注意点について説明がありました。着陸態勢に入る前にメガネも含め、身に着けている落ちる可能性のあるものはすべてカバンにしまい、かかと側の足下に置くこと。着陸態勢に入ったら、進行方向と逆向きに立って、バスケット側面内側についているロープのハンドルを両手でつかみ、膝を軽く曲げて、体重を進行方向に掛けること。これを1、2回、みんなで練習して、いよいよ出発です。

とても静かに少しずつ高度を上げていきます。会場が、次第に小さく遠くなっていきます。

まるで気球が、自分の故郷から飛び立っていくかのような。

かなり高い位置まできました。

どんどん地上が遠くなっていきます。

さらに高度を上げ、ちょうど出発点の会場が逆光側になると、輝く雲を背景に、あとから上がってくる気球のシルエットが浮かび上がり、涙が出るほど美しかったです。

光があまりに神秘的でした。
ファインダー越しにのぞいた雲の陰影とか、太陽を背負ってゆっくりと上がっていく気球のシルエットが、なんだかとても神々しくて、目が離せませんでした。時間の感覚をすっかり失ってしまって、ほんの10分とか15分のことだと思ったのですが、どうやら30分ほど上空で時間を過ごしたようです。

ひとつひとつ地面に到着していきます。

同じように30分ほどの飛行を終えた気球が、ひとつひとつ着陸していきます。私たちも、着陸態勢に入るように指示をされ、みんなで一斉にロープにつかまって、体重を進行方向側にかけました。我々のチームプレーのおかげか、飛行士の方の腕がよいせいか(たぶん、こちら)、スムーズに着陸し、無事に生まれて初めての気球飛行を終えました。

前日に、ドン・キャメロンさんとジョー・ベイリーさんというふたりの飛行士の方から、気球で空を飛ぶということが、どれだけすばらしいか、お話をうかがいましたが、彼らのお話がかすんで色あせてしまうくらい、実際の気球飛行は、本当に本当に特別な体験でした。降りるなり、また乗りたい、と心から思ったくらいです。

ブリストルのほかにも、イギリスにはリーズ城など、気球に乗れる場所がいくつもあります。機会があったら、ぜひぜひご自身で体験していただければと思います。

さて、最後になりましたが、このときに撮った写真を何点かFlickrに載せたところ、そのうちの以下の一点が、思いがけずたくさんの方に見ていただけることになり、本当に感激しました。

この写真をたくさんの方が見てくださって、本当にありがたかったです。

この写真を通じて、ほんの少しでも、気球で飛ぶことのすばらしさを見てくださる方とシェアできたなら、心から嬉しく思います。