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18.4.13

Goodbye to Maggie

お友だちに誘われて、今日、サッチャー元英国首相の葬儀が執り行われたセント・ポール大聖堂に行ってきました。

彼女の政治について、詳らかにその賛否を語れるほどの知識はありませんが、英国初の女性首相、20世紀で最長の在任期間、世界からの高い評価を得ながらも、これほど多くの国民に嫌われた、明らかに特異な存在であり、英国史にくっきりとその名前を残す人物であることは間違いないと思います。

今日のロンドンは、小雨のそぼ降る、寒い朝でした。

朝9時。セキュリティチェックの入口には、すでに弔問の人々の群れが。

空港のセキュリティチェックのようなゲートが設置されていました。

ボディチェックもきっちり。

悪天候にもかかわらず、多くの人が沿道に群がっています。

入棺前の沿道。

花束を手に入棺を待つ男性。

今日の国葬に対して抗議の紙を掲げる人も。

「M」がマクドナルドのロゴというところから、おそらく反資本主義のメッセージも。

おそらく保守党の色、ということで、青いバラを持つ人々。

サッチャー元首相とも保守党ともまったく関係なく、熱い演説を展開する人…。

実は根性なしの私は、あまりの寒さに負けて、入棺前に早々にカフェに引っ込んでしまい、肝心のところをすべて見逃してしまったのですが、今朝、セントポールの周りに集まった人々を観察できただけでも、大変興味深かったです。よくも悪くも、この国には、自己主張を許される土壌のようなものがあるなぁと、改めて思いました。

群れにまじることもなく、広場のベンチに静かに座っていたこの女性、とても印象に残りました。

3.3.13

ヴァンサンさんのカメラ・ショップ。

「メキシカン・スーツケース」の写真展を観るために、パリにさっくり行ってきたのですが、パリでの出来事をもうひとつだけ。

昨年、お友だちのお父様が使っていたという、フィルムの古いカメラを譲り受けました。レンズのカビを掃除してもらったり、オーバーホールに出したり、それなりにお金はかかりましたが、知人の写真家の方にも「それは名機だよ、ちゃんとメンテすればずっと使えるよ」と言われて、気をよくして使っていたのですが、こんなことに。

フィルムを巻き取るハンドルが取れちゃったのです。

フィルムを巻き取るハンドルが取れてしまったので、なくさないように保管しつつ、必要な時だけ上にくっつけてフィルムを巻き取り、その場その場をしのいでいました。

ところが、パリでいつものように撮り終わったフィルムを巻き取ろうと、上にハンドルをくっつけて回せども、くるくるくるくる空回りするばかり。これはもう、ダメになるのを承知のうえで、蓋を開けてシャーっと取り出すしかないのだろうか……と、お先真っ暗な気持ちになっていたところ、はっと思い出したのが、お友だちのまぁちゃん(まぁちゃんのブログはこちら。写真の好きな方は必見です)が連れて行ってくれた日本街のカメラ屋さんです。

和食屋さんや日本の食材屋さんが並ぶ、rue Sainte Anneの北側にあります。
ちなみに看板はおそらく昔ここにあった店の名前で無関係です。

こちら「Photo Vincent」という名前のとおり、ヴァンサンさんのカメラと写真のお店。ここに朝からどたどたと、フランス語をまったく話せない日本人の私が、厚かましくも「助けてぇぇ」と飛び込んでいったわけです。

ひととおり、カメラをあちこちいじっていたヴァンサンさん、なにやらいろんな引き出しを開けて、なにかを探している様子。なんでも、カメラの巻き取りを司るパーツがひとつなくなっていて、普通に巻き取ることはできない。そこで店の奥にある暗室でフィルムを取り出すにあたり、黒いフィルムのケースが必要、とのこと。新しいフィルムの箱を開けてみたものの、それも半透明で「うーん」と考えていましたが、「仕方がない、半透明のケースに紙を入れて保護します。ちょっと待っててね」と、どこの馬の骨ともシャモの骨とも知れぬ私をひとり店に残して、奥の暗室に消えてしまいました。

5分後。

もとのフィルムのパトローネに、取りだしたフィルムをちゃんと戻して、ヴァンサンさんは暗室から戻ってきました。素晴らしいっ!! 拍手喝采です。

その後も、カメラをいろいろチェックしてくれて、とりあえず使えるように(次に入れるフィルムも巻き取れるように)してくれました。その間テストで、お店に置いている未使用のフィルムを入れてくださったり、またそれをムダにしてしまったりしたので、ぜひいくらかお支払いしたかったのですが、「お金は要らない」の一点張り。

なんとかヴァンサンさんのビジネスにもなるようにしたくて、「じゃあ、このいま救ってくださったフィルムの現像とスキャンをお願いします」とお願いしました。が、そこで急に「ケッ、こんなろくでもねえ写真のために、あんな大騒ぎしたのか、ちきしょうめっ」と現像液をひっくり返すヴァンサンさんの姿がフッと浮かんで、「あの、大した写真じゃないけど、1枚くらいいいのがあるかもしれないので。すみません」とあらかじめ謝ってしまいました。私の想像が本当にならないことを祈るのみです。

さて、こちらのお店、新品とセカンドハンドの各種カメラを置いていますが、特にライカの品揃えがよいようです。

ライカがいっぱい♡

フィルムの現像は、カラーだと2、3日、モノクロだと1週間とのこと。カメラ好きの方には、おすすめのショップです。

私のフィルムを救ってくださったヴァンサンさん。静かな物腰のジェントルマンです。

Photo Vincent
67 rue Sainte Anne 75002 Paris
www.photo-vincent.com

<営業時間>
月〜金 10:00〜19:00
土 10:00〜14:00














10.5.12

George♡


George McMullen 20 Oct 1920 - 09 May 2012 (c) Rie Asakura


KRess Europeというのは、2006年1月に私(Kazuyo)と写真家のRieさんとで作った会社です。だから、KRが大文字の「KRess」。Rieさんはいまは、帰国されて日本で生活されていますが、RieさんがいなかったらKRess Europeはなかったし、またRieさんと私の周りからのあたたかい支援がなかったら、これまた、KRess Europeはなかっただろうな、と心から思います。

長年にわたってRieさんの大家さんだったGeorgeは、そんなKRess最初期の支援者のひとりでした。RieさんとGeorgeの関係は、大家と間借り人というボーダーを超えて、「ソウルメイト」みたいな存在だったんじゃないかな、と思います。

ただキュートな老人というだけじゃなくて、その強烈な個性と彼の激動の人生を、ずっとRieさんから話に聞いていた私は、初めてお会いしたときには、憧れの有名人に会ったような気持ちになったものです。以来、Rieさんのチジックのお家を訪ねるたびに、ツイードのジャケットを着て、冷蔵庫の脇の椅子に腰を下ろして、にこやかに「フォフォフォフォ」と私たちの会話に参加していたGeorge。そんな姿を昨日のことのように思い出します。

一番印象に残っているのは、英国人だったら誰もが名前を知っている、某建設会社の会長さんの持つ私設鉄道博物館に取材に行ったときのこと。

その私設博物館は、Sirの称号を持つ、その会長さんのご自宅の敷地内にありました。電車で行くには非常に便の悪いところで(なんといっても、その敷地内だけでも、線路を敷けるくらい広い、ということからも公共交通機関で行くのは無理でした)、鉄道好きのじいさん(Rieさんと周りのみんなは、Georgeのことを愛をこめてこう呼んでいた)に、取材のドライバーをお願いしたことがあったのです。

当時85歳だったじいさんは、バリバリ往復3時間のドライビングをこなし、我々の取材にばっちりつきあってくれました。先方のSirからしてみたら、日本の雑誌の取材で来たライターとカメラマンが、なぜか英国人の老人を伴って来たので、びっくりしたかもしれませんが…。ふだんめったに外食をしないと聞いていたじいさんと、この日取材の帰りに、パブで一緒に食事をできたのは、とてもいい思い出です。

Rieさんの撮りためたじいさんの写真は、被写体への愛と、Rieさんの目を通したじいさんのオモシロイ一面が、その画面の天地左右いっぱいいっぱいに溢れていて、大好きな作品ばかりです。Rieさんが、麻布でじいさんの写真を集めたエキシビションをしたときには、私自身は帰国がかなわず行けなかったのですが、私の母や弟夫婦までお邪魔して、ファミリーでじいさんの魅力にとりつかれてしまいました。

いつか追加撮影もして、私がじいさんにインタビューをして、本にしたいね、ってずっと話していて、つい先日も、今年できたらいいね、なんて夢語りをしていたばかりだったのですが…。

91歳。大往生だとわかっていても、きっと幸せな一生だったに違いない、とわかっていても、やはり人が今生という舞台から去っていくときは、寂しく、心細い気持ちになるものですね。この世界の鍵を、あのチジックのキッチンのテーブルの上に静かに置いて、ドアから出ていくじいさんの背中を見たような、そんな感じです。

じいさん、安らかに…。どうもありがとう。

Thank you George. You know, we all love you forever. RIP