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裁判所の入口。どこぞのオフィスのような簡素さですが。 |
意味深なタイトルをつけましたが、私自身のビザの問題ではなく、いつも仲良くしてもらっている友人に、図らずもビザの問題が発生し、私も法廷に同席してきました。
私も含め、自分の生まれ育った国以外で生活している多くの人にとっては、死活問題となることもあるテーマなので、きっとご興味のある方も多いのではないかと思い、本人の許可をもらって、ここでちょっと詳しく書かせてもらうことにしました。
友人Mちゃんは、イタリア人の夫Aさんと英国在住ほぼ10年。学生だった期間をのぞき、過去8年ほどは、まっとうな会社勤めに加え、フリーランスでもお仕事をしていて、税金もきっちり毎年申告して払ってきました。
去年12月に、EEA(欧州経済領域)市民の配偶者のための5年の滞在証が切れるにあたり、今度は10年間のレジデント・カード(「カード」と「ビザ」の違いが私には分からないのですが)を申請しましたが、今年3月に内務省から不可の返事。そればかりか、彼女のパスポートは戻ってこず、「自主的に国外退去しない場合は、強制退去となる可能性」または「アピール(再審議を求めること)」の二択を迫る内容で、国外退去をする場合は、帰国日にパスポートを直接空港に届ける、とのことでした。
安穏と10年近くも生活してきて、ビザ(カード?)が取得できないばかりか、「強制退去」の4文字に脅かされる事態に、本人はもちろんですが、私もなにかの冗談じゃないかと、思ったほどです。
内務省からの手紙のなかで、理由として挙げられていたのが、過去5年間のなかで、Mちゃんの夫であるAさんに失業期間があり、その失業期間中に失業手当の申請をしていない時期があった、ということ。
確かにAさんは失業していた期間があって、最初こそジョブ・センター(日本でいうところのハローワークにあたる機関)に通っていたものの、途中からやめてしまったのは事実です。というのも、ジョブセンターでは、建築、デザイン関係で大学院まで出ている、彼の資格に見合う仕事は、まったく紹介してもらえず、Mちゃんの収入で生活のサポートはできるから、そんな無駄なことに時間を費やすよりも、独自に就職活動をしたほうがよい、という結論にふたりが達したからです。
しかし、国から手当を「もらわない」ことが、問題になる日がくるとは、当人はもちろん、周りの人間に露知らず。
内務省側からの主張によると、失業手当を申請していることで失業が証明されるところ、失業の証明もなく、かといって税金も支払われていない、この空白期間によって、配偶者であるMちゃんには10年間の「レジデント・カード」の取得資格がない、ということらしい。
国に税金を納め続け、EEA市民である夫を養ってきて、この仕打ち。Mちゃんは、Aさんが空白期間にまともに就職活動を行っていたという証拠として、300ページ以上のメールのコピーやら、手紙やらをまとめ、アピールの手続きをしました。アピールの方法にも、書面だけで返事をもらう(80ポンド)、法廷で審問を受ける(140ポンド)という、ご丁寧にも2つのコースが用意されていて、Mちゃんは後者を選びました。
そんなこんなで、3月にアピールが受理され、審問の日が6ヵ月後(!)の9月30日に決定。その間、もちろんパスポートは取り上げられたままです。
この6ヵ月の間に、Aさんの身内にイタリアで突然の不幸があり、私の夫もMちゃんのために、一時的にパスポートの返却ができないか内務省に問い合わせをしたのですが、「ここでパスポートを返す場合は、アピールはなかったこととされ、英国にこの先2年間入国することはできません」という返事(この回答の「2年間云々」の真偽のほどは疑わしいらしいですが)。パスポートのないMちゃんは大切な人の死に目に会うことも叶わず、苦しい時間を過ごすことになりました。
とにもかくにも、ようやく審問の日がやってきて、我々夫婦も証人として同行することに。エンジェルの「トリビューナル・サービス(裁判所)」に朝9時45分までに来るように、とのことだったので、時間通りに到着、第27法廷に入りました。
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裁判所に入るMちゃんの凛々しい後姿。プレッシャーのせいか、朝から鼻血を出したそうですが。 |
簡易的なものとはいえ、正面のちょっと高いデスクの向こう側に裁判官席、左右に検察と弁護側のデスクがあり、裁判官と向かい合うテーブルには、アピールした当人が座ることになります。右後の端にバスの座席のように、二人ずつ横に並んだ椅子が4列。ここに我々を含め、今日審問を受ける3グループが座って、時間が来るのを待ちました。向かって左側の席には、スーツケースのような書類かばんを引きずった内務省からの担当者が着席し、間もなく裁判官が入廷、全員起立して、裁判官の「お座りください」の一言で再び着席します。
そこで、裁判官より、今日のスケジュールが説明され、Mちゃんのケースは最後の3番目とのことで、どんなに早くても11時半までに始まることはないので、外で待っていていい、と言い渡されました。どうやら、弁護士をつけていないのは、Mちゃんだけの模様です。
最初のひと組が法廷から出てきたのが11時半、そこで、2組めの傍聴をするのもよかろうと、我々もなかに入りました。
簡易的なものではありますが、公的な裁判にはかわりがなく、誰でも傍聴できるというのが前提なのでしょう。東南アジアから英国にやってきた母を追って、あとからやって来たまだ10代の娘さんのビザの申請が拒否されたという、人生ドラマをハラハラしながら傍聴しました(結論として、彼女はそのまま滞在できるという結果のよう。人ごとながら「ほっ」)。
果たして、Mちゃんの順番がまわってきたのは、12時45分。しかも、順番がまわってきた!と思いきや、「もうお昼時間なので、内容をざっくりまとめておいて、午後から審議をしましょう」などということになり(んがー)、2時に再集合、という流れに。だったら最初から2時に呼んでくれればいいのに、という思いと空腹をかかえて、しばし娑婆(しゃば)の空気を吸った後、再び第27法廷へ。
法廷では、裁判官席の正面にMちゃんとAさんが座り、内容的にはAさんの職歴と空白時間について、裁判官から質問が集中しました。ひととおり、事実関係の詳細の確認をしたあとで、裁判官に促されて、内務省側の担当者が口を開きました。
「そもそも、あなたが申請したこの10年間の『レジデント・カード』がもらえないことで、あなた方にとってなにか不都合があるのでしょうか」
この質問には一堂「はぁぁぁ?」(声には出しませんでしたが、そういう感じ)。
「この国でこれまでほぼ10年間、ふたりの生活の基盤をここで築いてきたわけですから、これからも同様に生活していくつもりなのですが?」というAさんの言葉にさらに
「ですから、この10年間の『レジデント・カード』である必要がどこかにあるのですか?」と内務省の担当者。
「??? Mがビザをもらえないことによって、二人が別々の人生を歩んでいくようなことは、我々の想像の範疇にはなく……」とAさんが言ったところで、今度は内務省の担当者のほうが慌てた様子で、
「別々の人生? は? あなた滞在はできるのよ?」と言うので、我々一堂目をぱちくり。彼女は「Of course you can stay」という言葉を何回か繰り返しました。
「やはり、勘違いしているような気がしていました。あなたはEEA市民の配偶者なのだから、カードなしでももちろん滞在する権利があるわけです。ただ、過去5年間の彼の職歴に空白期間があるために、この10年間のレジデント・カード、この特定のカードの取得資格がないというだけなのですよ? わかりますか?」
なんと! しかし、なんかちょっと最初のレターと話が違うような……?
「でも、このレターには、いますぐ荷物をまとめて出ていけ、と『nasty(悪意ある)』なことが書いてありますけど?」とAさん。
そこで裁判官も「あなた方が、そう思うのは無理もないと思います。このレターの書き方は、そう思っても仕方がないです」とAさんに同意を示しました。
一方Mちゃんは、あっけにとられて、混乱している様子。まったくもって無理もありません。
「今回、10年間のレジデント・カードの取得資格はありませんが、彼が就職した日から証明可能な連続5年間の就労、または失業の記録を提出できるようになれば、またこの10年間のカードの申請が可能です。もっと早くに、それを誰かが説明してくれたらよかったのに、と思います」などと、のたまう内務省の担当者。
裁判官も、まとめるように、
「例えば、雇用者に対する証明として、また再入国の際の入管で、カードがあれば、証明が簡単にできるという利点はありますが、EEA市民の配偶者は、カードなしでも滞在も就労もできるわけです。いいですか。それでは、1週間ほどで今日の内容をまとめたレターをお送りしますね」という裁判官に、なんとなく狐につままれたようなMちゃんとAさんも「はい……」。
結果、国外退去という最悪の事態にならず(というか、最初からそんな心配をする必要もなかったという)、しかしながら、10年間のカード取得に関するアピールとしては「敗訴」という結果となり、まぁ、よかったのはよかったのですが、どことなく「もやっと感」。我々も証人として発言する機会を与えらるまでもなく、すごすごと退廷しました。
裁判所からの帰り道、4人であれこれと考えたのですが、もしも、法廷で聞いた内務省担当者の言葉が正しいのなら、そもそも、彼らのレターにあった
You do not have a basis of stay in the United Kingdom under the Immigration (European Economic Area) Regulations 2006.
As you appear to have no alternative basis of stay in the United Kingdom you should now make arrangements to leave.
という部分に、決定的な「間違い」があるような気がしてならないのです。単純なコピーペーストのミスなのか、なんなのか、わかりませんが、裁判官ですら「誤解しても仕方がない」と同情を示す、この文面で、人生が変わってしまう人もなかにはいるのではないかと思います。
いずれにしても、ビザの問題で困ったときには、やはり入管法に関する正しい知識をもった、信頼できる弁護士なり、アドバイザーなりに相談するのが一番なのかも、と心から思いました。なによりも内務省の手紙がいつも正しいとは限らず、間違いがあった場合にも私なんぞの素人には、それを見抜ける術はないのですから。
ふと思ったのですが、おそらく日本に住む外国人もこういったビザの問題があり、ときには、こういった法廷に立たなくてはならないことがあるのでしょうか。外国人として生活することは、もちろん他文化に触れられたり、いろいろと刺激的で楽しいこともたくさんありますが、自国にいたときにはまったく考えもしないような面倒臭いこともあるのですよね。
<後日談・追記>
その後、裁判所より法廷の内容の文書が届き、Mちゃんが内務省にパスポート返却のお願いをしたところ、内務省から折り返しの「パスポートは返却できない。レジデンスカードの申請をし直すように」と電話がかかってきたそうです。「カード」はなくても滞在できる、という法廷での内容と食い違う電話に、ますます混乱。ますます「カード」と「滞在許可証」はイコールなのかどうか、悩んでしまいます。
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