20.8.09

結婚記念日でした

5月の日本以降、すっかり更新がご無沙汰になってしまいました。
帰国してからというもの、2月以来の忙しさに忙殺されていたのです。

結局、腰を落ち着けて、ゆっくり仕事をできたのは、3月4月の2カ月だけ。あとはまた、忙しい忙しいと言いながら、毎日追いかけられるように仕事。

とてもありがたいこととは知りながら、もう少し、余裕のある仕事の仕方ができないものか、考えていくのは課題です。
あまり忙しいばかりの日々だとアイデアが煮詰まってしまって、決して理想的といえないですよね。

さて、まったく仕事とは関係ないですが、今日は結婚12周年の結婚記念日でした。そこで、(日本だったら考えられないような暴挙ですが)クライアントさんにも「結婚記念日なので、今日は仕事を休みます」と宣言し、夫とふたりでケント州の海辺の町、ウィツタブルに行ってきました。

ここには以前に取材で来たことがあり、新鮮なカキのおいしさに感動した覚えがあって、今回も私にとってはカキが第一の目的でした。

夫のほうは初めてのウィツタブル。駅につくなり、ハイストリートをとりえあず通り抜け、海辺のカフェで、生ガキを3個ずつ。

パブに行ったり、海辺をぶらぶらしたりして、2時半くらいに遅めのランチで、ハイストリートのレストランへ。ここでもやっぱり、シーフード三昧のランチをいただきました。

再び海辺へ戻って、海岸沿いのちょっとした日陰で私は読書。夫はというと、周囲もびっくりなイビキで爆睡。ちょっと恥ずかしい気もしましたが、せっかく気持ちよさそうに眠っているし、それほど人に迷惑をかけているわけでもなかろうと、そのまま1時間以上、昼寝タイムです。

とりたてて、豪勢なことをしたわけじゃないのですが、久しぶりにふたりで遠出できて、のんびり過ごせて、私にとってはとっても贅沢な結婚記念日でした。ただの日帰り旅行ですが、これからは、もっとひんぱんにこうやって、ふたりで出かけられたらいいな、と思う次第です。



27.5.09

いま、空港~・・・

いま、ヒースロー空港の第三ターミナルで、これを書いています。
これから飛行機に乗って、正味1週間ほどですが、駆け足で出張です。

ヒースローでは、日本行きの直行便のほとんどが、この第三ターミナルに発着します。

ということで・・・。

マスクをしている人がいっぱいいて怖いです・・・。

日本人だけです、マスクしてるのは。

マスクしたからって、いったいどのくらい意味があるのでしょうか。
よくわかりませんが・・・。

私は日本にいたときから、マスクのあのしっとり感が気持ち悪くて、前歯を抜歯して、口から血が噴出したとき以外、マスクってしたことがありません。

日本に帰ったら、もっとマスク人口密度が高いんですよね。

ああ、怖い。

しかし日本の地を踏むのに体温チェックなどを通過しないと、飛行機から降りられないという話すら聞いたことがあります。
さて、どうなりますやら・・・。

あ、ゲートの番号が出た! では行ってきます。

9.5.09

母校のホームページを見た

自分がすっかり親になる年代になっても、子どもがいないせいか、いまだに親目線で世の中を見られない私。

今日、なにを思ったか、母校の高校のホームページをのぞいてみた。

私が行ったのは、髪型まで指定のある校則でがんじがらめの私立高校。

靴下はレースがついてたらイケナイ、とか、カバンの幅は何センチなくちゃイケナイとか、「イケナイ」尽くしの学校生活の中で、いかに素早く駅で靴下を履き替えるかとか、パーマをかけても三つ編術でカバーでできる方法とか、要領よく生きる術だけを教えてもらったような気がする。

世の中変わればかわるもので、なんとデザイナー制服になっていて、ご丁寧にえらくスカした男性デザイナーの写真とプロフィールまで載っていて、正直言ってかなりコッ恥ずかしい。

Q&Aのページを見たら、「校則は厳しいですか」というえらくストレートな質問(笑)が載っていて、それに対する回答がまた、なんともはや。

「将来どこに行っても恥ずかしくない社会人としての資質」、「基本的生活習慣、礼節・公共心・他人への思いやりなど内面的なことまで教員は指導」、「木目細かな生活指導」などという言葉を見るにつけ、その実、なーんも変わってないんだろうな~と思うことしきり。

カバンの持ち方まで注意することが、「どこに行っても恥ずかしくない社会人」を育てることになるのだろうか。

そもそも、「恥ずかしくない社会人」っていったいなんだろう。

おんなじカバンの持ち方をして、おんなじ挨拶をして、おんなじ歩き方をして、おんなじ靴下の折り方をした「恥ずかしくない社会人」がボコボコ量産されていくことのほうが、よほどそらおそろしいと思うのだけれど。

いまだに、戦争になったときに、統率しやすい人材づくり・・・なんでしょうかね。

とりあえず、個人的には朝礼での「前へならえ」から、まずやめてもらいたい、と思ってしまうのですが・・・。そんな私だから、実は「日本に住んでいない」だけのつもりでも、本当のところ「日本に住めない」のかもしれない・・・と、いまさらようやく気づき始めた今日この頃・・・。

18.4.09

映画「おくりびと」

今日は、ナショナル・ギャラリーに、映画「おくりびと」を観に行ってきました。

水曜日から今日までの3日間、JCE(Japan Care for Elderly)という団体の主催で行われた映画祭の一環です。JCEは、イギリスに日本人のための老人ホームを作ろう、という活動を行っている団体で、この団体に参加している友人が映画祭の情報をいち早く教えてくれたので、チケットを購入することができましたが、どうも早々に売り切れてしまい、チケットを買えなかった人も多くいたようです。

映画「おくりびと」については、オスカーの外国語映画賞を受賞したこともあり、いまさら私が解説する必要もないと思いますが、「納棺師」という職業、映画を観るまで、私もほとんど知らなかったです。

映画のなかで、「昔は家族で行ったこと」という説明が出てきましたが、実は、5年前に父が亡くなったとき、私たちはこの作業のほとんどを家族で行いました。

3か月の入院生活のあと、病院ではもう治療できることがない、ということで、また父本人も、病院生活に疲れ果て、とにかく一日も早く自宅に戻ることを希望していたため、訪問医療の緩和ケアを選びました。

私も日本に帰り、自宅介護が始まった3日目に父は亡くなったのですが、そのときに訪問医療の看護士さんの指導で、私たち家族は父の体を拭き、洋服を着替えさせました。こんなに親密な最後の親孝行を他人の手にゆだねるのではなくて、自分たちで行えたことも含め、この看護士さんとクリニックには、いまでも、感謝の気持ちでいっぱいです。

「おくりびと」の映画を観ながら、納棺師のプロフェッショナルなお仕事に感心すると同時に、いま一度、やっぱりこれは、できることなら他人ではなくて、身内にしてほしい作業なんじゃないかなぁ・・・と、そんな思いを抱かずにはいられませんでした。

8.4.09

映画「Dammed United」とイングランド・サッカーの衰退

映画「Dammed United」を観てきました。
この映画は、60年代後半にイングランドのサッカー・リーグ、
セカンド・ディヴィジョンの最下位群にいたチーム、ダービーを
見事プレミアリーグ昇格、そしてプレミアリーグのトップへと率い、
さらに、70年代にやはり無名チームだったノッティンガムを
2度も欧州杯で優勝するに至らせたブライアン・クロフ監督の成功と、
リーズ・ユナイテッドでの失敗を描いた作品です。

ダービーで大成功を収めるも、マネジメント陣と対立してしまった
クロフは、チームを去らざるを得なくなります。
そこで、次にブライトンからオファーを受けたクロフは言うのです。

「ブライトンは自分の土地じゃない。
自分のチームじゃないのに監督はできない」

この台詞、いまのイングランドのサッカーに
いま一度思い出してほしい、と思ってしまいました。

前回の欧州杯では、思いっきり予選落ちを遂げたイングランド。
この敗退図の後ろ側には、このメンタリティを忘れて、
コマーシャリズムに走り続けた背景があると思うのです。

その昔、サッカーは地元民のものでした。
土地のチームをサポートし、地元のスタジアムに通い、
子どもたちは地元のスター選手を見て、
サッカー選手に憧れて、学校のチームで汗を流していました。

しかし、特にルパード・マードックによるメディア合戦以来、
サッカー、特にプレミアリーグは、
地元民の手の届かないところに行ってしまった。

テレビ観戦しようにも、有料の衛星放送。
スタジアムに行こうと思っても、年間契約の法人席を得たり、
年間数百ポンドを支払っての会員になって初めて、
100ポンドからする入場券が買えるという、商業主義。
庶民からは遠く離れたところに行ってしまったのです。

子どもたちのサッカー離れは進み、
いまではサッカーチームのない小学校も多いと聞きます。
そんななかで、未来の人材が育っていく厚い層が
期待できるはずもありません。

そんな理由から、少なくともこれからの20年も、
イングランドのサッカーがさらなる衰退の道をたどるのは、
悲しいかな、目に見えていると、私は思ってしまうのです。

「Dammed United」がちょっとでも、
失われた庶民のサッカーを思い出させてくれる
カンフルになるといいなぁと願わずにはいられないです。

28.3.09

人間関係を「Neglect」するべからず

今日、日本から、ひとつ連載終了のご連絡をいただきました。
各国の最新情報を掲載するページで、ロンドンの最新情報を毎月拾って掲載するページで、3年くらいお世話になっていたお仕事でした。

連載終了自体は、それはそれでいいのですが、そのお知らせのメールというのが、ちょっとこう、なんといいますか、「いたたまれない気持ち」になる部分がありました。

このメール、たぶん、各国のライターさんたちに全部同じ文面で、名前の部分だけ変えて送付していらっしゃるようなんですが、

「○○さんの送ってくれるネタは特にすばらしく、○○さんの審美眼はスゴイっすよ!」

といった軽めの文章で、なんとあろうことか、最初の○○には私の名前が入っていたものの、あとのほうの○○には別のライターさんの名前が入っていたのです(爆!)。

きゃー、もうなんと言っていいやら。もちろん送ったご本人は気付かずに送付されたんでしょうけれども、これに気付いたときには、きっと顔面蒼白になること間違いありません。その気持ちをひとり想像してしまい、いたたまれない気持ちになってしまった次第です。ああ、もう、ひとごとながら、穴があったら入りたいっ。もちろん、何事もなかったかのように、「了解しました」の返信をさせていただきましたが・・・。

それにしても、クリックひとつで送れるメールっていうのは、こういう怖い一面があるんですよね。以前にもメールの怖さについて書いたことがありましたが、手紙でも電話でもメールでも、直接会うにしても、「人間関係に手を抜かない」ということこそが、原理的な鉄則である気がします。それさえ守っていれば、今回の失敗も避けられたわけで。

それで思い出すのが、うちの夫の妹です。彼女は、おそらく私が今までの人生で出会った人のなかで、最も「いい人」。兄(うちの夫)と2人の弟、自分の娘ばかりか、いとこや義理家族までも、彼女によってしっかりとつながれているような、まさにファミリーのヒンジであり、Hubです。

誕生日や結婚記念日には必ずカードをくれるのはもちろんのこと、私が日本に帰るときには出発前と、戻ってきた翌週には必ず電話をくれて、「日本の家族は、どうだった?」と聞いてくれる、そしてファミリーのなかで「誰々が病気でどこそこに入院しているから、見舞いに行った方がいい」とか、「いとこの誰々がイースターに帰省してくるから、いついつに来れば会える」とか、絶妙なタイミングで連絡をくれるのです。

そんな彼女と、いつだったか、ふたりで話をしていて、とても印象的だった言葉があります。

「私は、父親を早くに亡くしてるでしょう(彼女が20代前半の時に他界)。だから、そのときに思ったの。人はいついなくなるか分からない、だから、人間関係を『Neglect(軽視とか、看過とかいう意味)』してる時間なんてないんだなぁって」

この言葉、胸に突き刺さりました。

私はズボラなので、彼女のようにはとてもなれないけれど、今回のメール事件もあって、人間関係に手を抜いてはいけないんだ、と、改めて肝に銘じたのでした。

27.3.09

初めての歌舞伎

今日は、生まれて初めての歌舞伎を観てきました。
蜷川幸雄の演出で、演目はシェイクスピアの『十二夜』、
尾上菊之助、尾上菊五郎などの出演でバービカンで公演中です。

ものすごい人気で、数週間前に気付いた時には、
すでに本当に後ろの後ろの方、日本だったら桟敷と呼ばれる
後ろの端っこの席しか空いてなかったのですが、それでも、
かなり楽しめました。

オリヴィエ姫が織笛姫など、シェイクスピアのオリジナルの
脚本を日本風にかなりもじってあり、ほとんどオリジナルの
作品といってもよかったんじゃないかなあと思います。

途中、若干もたついて眠ってしまった部分もありましたが、
全体的にはとても楽しめました。
特に印象的だったのは、チェンバロを音楽に使っていた点です。
対位法を用いたバロック調の曲のチェンバロ演奏に、
日本の鼓という組み合わせが非常に新鮮でありながら、
以外にもしっくりなじんでいました。
(ひょっとしたらチェンバロではなく、
クラヴィコード、またはヴァージナルなのかも・・・)

東京では6月、大阪では7月に公演があるようです。
ご興味のある方は、ぜひ行ってみてください。

23.3.09

海外に住むということ

ロンドンで最初に通った英語学校で知り合った14年来の友人が
脳卒中で倒れ、今日は彼女のご両親を連れて病院に行きました。

たまたまウィーンにご旅行中だったご両親の日程を
別の友達が見つけ、連絡してくれて、日本に帰る前日に、
急きょ行き先を変えて、帰国せずにロンドンに来てくれたのです。

ご両親は英語があまり達者ではないので、
やはり誰か付き添いがいた方がいいということで、
駅で待ち合わせをして、病院まで一緒に行きました。

金曜日に二度目の手術をした彼女をお見舞いするのは、
実は、私にとって二度目でした。
金曜日の午後に別の友人がご両親を連れて見舞ったあとで、
連絡をくれて、会える状態にあることを教えてくれたので、
金曜日の夜、急いで病院に行ったのです。

ICUのベッドに横たわった彼女は、すやすやと眠っていたので、
その日は起こさずに、そのまま5分くらいベッドサイドにいて、
帰ってきてしまいました。

家族や親せきと離れ、海外に住むと、友人の大切さ、
共同体の大切さを、本当に思い知らされます。
「袖触合うも多生の縁」とはよく言ったもので、
今まで、ふとしたきっかけで知り合った人たちに、
どれだけ助けてもらったことか。

そして、私自身も微力ながらできることは惜しみなく、
人のために動いていきたいと心から思うのです。

これは、大切な友人だから、ということ以上に、
共同体意識のほうが強く働いていると思います。
これがたとえ、それほど親しい友人でなかったとしても、
同じように、ご両親を迎えにいくだろうし、
同じように付き添って通訳するだろうと思うのです。

逆に、それほど親しくない友人であっても、
自分が窮地に陥った時に手を差し伸べてくれたなら、
ありがたく、その手をお借りしてしまうだろうと思います。

そういえば、以前に旅行中に水ぼうそうになってしまった
日本人女性とたまたま知り合い、困っていらしたので、
あれこれお世話をしたり、ホテルにおにぎりを持って
お見舞いに行ったこともありました。
旅先で具合が悪くなって、気が弱くなっていたところに、
日本語で助けてくれる人がいて本当にありがたかった、
と言っていただき、微力ながら少しは役に立ったようです。

その方とも、それっきり連絡を取り合ってはいませんが、
それでいい、と私は思っています。
もしも、彼女がそれをほかの困っている人に返してくれたら、
これほどありがたいことはないです。

今日、帰り際、ベッドのなかから、
「世話かけちゃって悪いわね、ありがとう」
と弱々しい声で言う友人に、
「私の番がきたら、よろしくお願いします」
と返して、笑われました。

日本に住んでいたら、こんなふうには思わなかったかもしれません。
海外に住むって、共同体のなかにいる自分を強く意識することでもあるのです。

13.3.09

押しどころと引きどころ

ここのところ、自分は本当にクライアントさんに
恵まれているなあと思うところが大きく、
日々感謝の気持ちで仕事を進めています。

イギリスの出版社から日本の媒体をローンチしようという
プロジェクトに携わるようになって1年近くが経過。
私の企画が、思いのほか好調に進み、あれよあれよという間に
恐ろしいほどの反応のよさで、実現が見えてきてしまいました。

もちろん、このご時勢、なにがあるかわからないので、
急に頓挫することも念頭において、そうそう浮かれても
いられないことは重々承知で、わくわく感とともに、
危機感もいっぱいあることは確かなのですが・・・。

まあ、そんなわけで、昨年の夏から何度も何度も、
イギリス人のディレクターやプロジェクト・マネージャーと
ミーティングを重ねています。
特に実現が見えてきてからというもの、プロジェクトに関わる
イギリス人の数もググッと増えて、編集者やデザイナーも、
ミーティングに加わるようになりました。

日本人同士のミーティングと違って、「空気を読む」とか、
「なんとなく察する」とか、そういうことが通用しないのは、
当り前のことで、私自身もいいものを作るためには、
自分の意見は、相手にわかるようにちゃんと言わなければいけない、
ということを心掛けてきたつもりでいます。

でも、ミーティングに参加するイギリス人の数が増えて、
押されてしまう部分もあり、自分がリードしてきたはずの
プロジェクトの手綱が、ちょっとゆるんでしまったのでしょうか。
または、結局はクライアントの最終判断がプロジェクトを
動かすのだから、あまり出すぎてもいけない、という、
他力本願的な気持ちが、私のなかであったのでしょうか。

「押さえどころ」だけはちゃんと押さえておかなくちゃ、
と思いながらも、なんとなくもやもや感の残るミーティングが、
最近一度だけありました。

ミーティングの翌々日、プロジェクト・マネージャーの女性から
長い長いメールをいただき、
「なんとなく遠慮して、思うところを全部言ってないのではないか、
自分にだけはオープンに、すべて話してほしい」
という内容で、その心遣いに涙が出る思いでした。

それと同時に、そういう印象を残してしまった
自分の未熟な部分にも反省することしきりで、
ありがたいやら、恥ずかしいやら。

結局、私の方も長い長いメールで感謝の気持ちとともに、
自分の言いたかったことをなるべく客観的に書き綴りました。
そして、その結果、やはり私の提案する方向で進めることに。

こんなふうに、一外注の気配を察してフォローしてくれる
クライアントさんとお仕事できるというのは、
本当にラッキーだなー、とつくづく自分の好運に感謝するばかり。

それと同時に、もっと自分も辛抱強く、怠惰におちいらず、
自分の思うところを隅々まで言葉にしなければいけないと、
肝に銘じたのでした。
ああ、大人にならなければ。未熟すぎる、自分・・・。


7.3.09

ヘアカットに体毛の謎を思う

ようやく、ようやく美容室で髪を切ってもらいました。
3か月ぶりくらいだと思っていたら、美容師さんと話しているうちに、なんと7、8か月ぶりだったことが判明。そりゃあ、ぼさぼさのぼうぼうになるはずです。

しかも私は髪の毛が伸びるのが異様に早いのです。1か月に2センチくらいは軽く伸びます。そのうえ、髪の毛の量もはんぱじゃなく多いときている。8か月ぶりっていったら、それだけで16センチ以上ですから、洞窟から出てきた仙人のようになってしまうのも当然です。

そこで、ふと誰かに言われたことを思い出したのですが、髪の毛が伸びるのが早い、というのは、危機的な状況から体を守るために、毛でカバーしようと体が働くからであって、決して健康だから、ということではない、らしい・・・と。ジャングルとかで育つと髪が伸びるのが早いとか、そういうことらしいんです。

それで、あっ、と思ったのが、私の場合、体毛も猿のようで、私より毛深い日本人女子には会ったことがありません。トルコ人男性とか、ああ、こりゃ完敗、という人もたまにいますが、女子部門では国際試合でも、かなりいい線いける自信があります。

それで、この髪の毛説、体毛にもあてはまるんじゃないかと思うのです。これって、自己防衛本能の強さの現れなんじゃないか、とか。

確かにうちの夫なんて、髪もうすいですが(これは次第にだけど)、足の毛なんかも、私よりもはるかにない。で、地下鉄のホームでも黄色い線の外側に立っちゃったりするんです。私は、といえば、しっかり下がって、誰からもぶつからないポジションをキープしたいほう。

ほら、自己防衛本能と体毛の関係、証明できそうな気がしませんか。ただいま、ケーススタディ募集中です。



27.2.09

「また」財布をすられたらしい・・・。

今日の夕方、楽しみにしていた日英クイズ大会に行こうと、
クライアントのオフィスから足早にピカデリー・サーカスを
横切ろうとしたそのとき、一緒に歩いていた友人が、
「カバン、まる開きになってるよっ」と一言。

えーと思いつつ、背中のリュック型ブリーフケースを見ると、
なるほど、たしかに丸開きになっています。
こんなふうに開いたままにしてた記憶はないのに・・・
と思いつつあせって確認すると、財布がない。

ギョエー、またですか! と思い、
来た道を引き返してオフィスまで戻りましたが、やっぱり落ちてない。
これはやられてしまったかと、愕然としたわけです。

前回同様、お財布のなかの現金はおそらく10ポンドくらい。
クレジットカードも入っていないとはいえ、
スーパーのポイントカードやショップカードも多く入っていて、
すべて再発行してもらう必要があります。

私の場合、ロンドンに住み始めた95年に深夜のひったくりに遭い、
そうとう怖い思いをして以来、10年以上こういうこととは無縁に、
かなり平和に毎日を送ってきたのですが、
2006年の3月、カフェでまるで手品のように
現金だけ200ポンド盗まれたのを皮切りに、
2007年10月の盗難、そして今回の一件と、
まるで毎年恒例のように財布、または現金を盗まれるのは、
どうしたものかと、これは私が悪いのか、と思っていしまいます。

しかしその反面、こうも続くと、感覚がマヒしてくるというか、
これは「事故」とか「事件」というよりも、
「日常のなかで起こりうる普通のこと」とそれほど腹も立たず、
まるで風邪をひいてしまった、くらいの感覚で、
「仕方ない」と思っている自分がいることにもちょっとびっくり。
これはいいことなのか、悪いことなのか・・・。

あんまり慣れたくない出来事ではありますよね・・・。


26.2.09

煩悩リストのその成果

先日、煩悩リストなるものを作っている旨、
このブログにも書きました。

大きな仕事が一段落して、はや2週間近く。
煩悩リストの進捗状況なのですが・・・

済 ヘナ
未 ヘア・カット
NG ピアノ・レッスン週1
済 コンピュータ・セットアップ
未 リフレクソロジー
済 グールドDVD
△ 大掃除
△ ねる、思いっきり。

と、思いのほか、進行状況がよろしくなく、
このままでは、次の仕事の繁忙期までに、
このタスクを終えられないのでは、とちょっと焦り気味
(ちなみにピアノレッスン週1がNGなのは、
先生に2週に1度のペースをキープした方がよい、
と言われて、さくっと却下となったためです)

今回の仕事の忙しさは数年ぶりの激しさだったので、
先週1週間はみごと、「フヌケ」のようになってしまったのも、
この進行の遅れの一因となっています。

そして、こうして、眠れる環境にあるにもかかわらず、
半端に眠れずに、朝5時にブログを更新しているところに、
さまざまなマイナス要素が潜んでいるような気がしてなりません。

でも、眠れないんですよ、珍しく。
忙しい時には立っていても眠れるのに、困ったものです。

25.2.09

今日は紅茶がぶ飲みのお話。

タイトルからすでにバレバレですが、コーヒーが大好きです。
決して詳しい方ではないのですが、
豆は、オーダーした日にローストしてくれるショップで購入、
ある程度まとめ買いしますが、冷凍庫で保存し、
毎回飲む分だけ出して手でゴリゴリと挽きます。
あとは、普通にペーパーフィルターを使って、
コーヒーを落とすだけなのです。
毎回3種類くらい豆を用意しておいて、
気分によって飲み分けています。

そんな私ですが、お仕事で紅茶の勉強をしなければならなくなり、
1日7時間の集中紅茶クラスに昨年の夏、参加しました。
英国紅茶協会の主催するマスタークラスという講座で、
紅茶ができるまでの工程や、テイスティングなど、
かなり幅広くいろいろ教えてくれます。

テイスティングでは合計10種類くらいのお茶を味わうのですが、
実際にやってみると、そのお茶の味の違い、色の違い、
香りの違いは、プロじゃなくてもはっきりとわかるくらい、
お茶の味って違うのです。
ただ、プロじゃないので、それをどう表現していいのか、
そのあたりが本当によくわからないんですよね。

というわけで、この講座に出て以来、コーヒーよりも
紅茶に傾きつつあります。
コーヒーを入れるよりもてっとり早い、というのも大きな理由。
以来、常にアッサムとダージリンは常備するようにしています。
アッサムは独特の甘みと濃厚さがあり、
ダージリンは、紅茶のシャンパンといわれるだけあって、
豊潤な香りとクリアな味が特徴です。
ダージリンに似たシッキムというお茶を飲むこともありますが、
こちらのほうがダージリンよりもマチュアな苦みがあります。

それほど多くの会社の紅茶を試したわけではありませんが、
私が飲んだ3社ほどのなかでは、Higginsの紅茶が一番おいしいです。
量り売りで、大きな缶の中から紙の袋に入れてくれて、
ひもでギュッと結んで、ラベルを付けてくれる
そのレトロな感じもすてきです。

紅茶講座で、紅茶の保存法についても習ったのですが、
紅茶は直射日光に当たるのがよくないらしいのです。
なので、やっぱりビンよりも缶での保存が適しているとのこと。

またHigginsは、ちゃんと紅茶とコーヒーのカウンターが
お店の端と端に、離れて位置しています。
これも、香りが移らないようにするための気遣いかな、
と思うのです。

紅茶・コーヒー専門店のなかには、
コーヒーも紅茶も並べて同じカウンターで扱っていたり、
きつい香りのピーチティーの棚にほかの紅茶も全部並べていたり、
せっかくよいお茶を売っているのかもしれませんが、
これでは台なし! と思うところも少なくないのです。

昨日は、仕事の帰り道だからという理由で、
コベントガーデンの某紅茶専門店で、
アッサムとダージリンを購入しましたが、
Higginsの紅茶に比べて色にも味にも濁りが。
なにやら独特な匂いがあり、しかもHigginsよりも高かった!
お店の人の対応も特に親切ではなくて、
2つまとめて買ってしまったことを後悔・・・。

というわけで、早く終わらせたいがゆえに、紅茶がぶのみ中です。
これが終わったら、再びHigginsの紅茶に切り替えたいと思います。

20.2.09

歯が痛い・・・(涙)

今週火曜日、歯医者さんに行って、右奥2本の差し歯の準備ということで、ずいぶん昔にかぶせたものを取ってもらい、仮でかぶせてもらって帰ってきたのですが・・・それが3日後の今日、まだ痛い(くぅー)。

正確に言うと、痛いのは歯ではなくて、歯茎というか歯の付け根なのです。
その昔にかぶせたもの、というのが屈強でなかなか取れなかったらしく、歯茎を切らざるを得なかったとのこと。

それで、ここ3日間おかゆとか、ご飯とみそ汁とか、うどんとか、ちょっとした病人食を続けています。もともと肉をいっぱい食べたいほうではないので、それ自体は特に問題ないのですが、やっぱり歯が痛いというのは辛いです。

しかし歯科治療が痛いのは、物理的なことだけじゃないみたいです。

治療の翌日の水曜日、歯医者さんの事務を担当している女性から電話があり、「あなたの加入している保険会社が、今年からポリシーを変えて、差し歯は年間1本しかカバーしない、ということになったようなので、再度チェックしたほうがいいですよ」と言われました。

年の初めに、このポリシーの訂正についてはチェック済みで、「年間1本ではなく、去年が500ポンドを上限に75%カバー」だったのに対して、上限は変わらず、ただ「50%カバー」に変わったというのをすでにチェック済みだったので、「ちゃんと調べてあるので大丈夫ですよ」とさらりと答えました。

「そうですか。では、2本治療するという決断は変わらず、ということでいいですか」と聞かれ、こんなに痛い思いしてるのに治療せんでどうする!?という心の声を押し殺し、「ハイ、そのままでお願いします」。

「実は、治療を受けた後で、払えなくて困っている人が多いんです」と事務の女性。

んがー。保険をあてにしていたのに、保険料が出なくて、ってことですね。治しちゃったあとで・・・こればっかりは、返品もきかないですしね。

確かにこの金融不況の影響があるのかないのかわかりませんが、私の加入している歯の医療保険、年々、カバーされる部分が少なくなっていきます。3年前までは、年間のカバー上限は2000ポンドで、その内訳も問わなかったのに、現在ではその半分の1000ポンドです。しかも内訳も、差し歯はその半分の500ポンドが上限、50%カバーです。

ふだん、不況を肌で感じることがめったにない私ですが、この歯医者さんからの電話には、ちょっと「イヤーな不況の空気」を感じました。


19.2.09

サイモン・マクバーニーの「春琴」

仕事がちょっとひと段落ついたこともあって、
午前中にピアノ・レッスンを受けて、
午後は、いまバービカンで公演中の「春琴(Shun-kin)」を観てきました。

サイモン・マクバーニー率いる英国の劇団コンプリシテと、
世田谷パブリックシアターのコラボのプロダクションで
マクバーニーの演出、深津絵里主演で、日本で初演した作品が
演出家のお膝元ロンドンに凱旋したかたちです。

ストーリーは、谷崎潤一郎の「春琴抄」をベースにした、
盲目の女性、春琴とその手引き佐助の偏愛を描いた作品です。

マクバーニーの演出がなかなかすばらしく、
役者さんはずっと舞台に出ずっぱり状態なので
大変だとは思うのですが、非常におもしろい作品に
仕上がっていたと思います。

深津絵里ちゃんもかわいかったです。
あとすばらしかったのは、三味線奏者の男性が、
ひとり、ずっと舞台の上で、三味線シーンのほか、
効果音までも担当しているのですが、この方がすごい!!
三味線という楽器のポテンシャルにも、再認識させられました。

この作品、ロンドン公演のあと、3月5日より、
世田谷パブリックシアターで再演が決まっているようです。
なかなかおすすめの作品です。