11.10.09

先週末のパンと今週末のパンとスープ

ここのところ、週末仕事が続いてます。
というわけで、ちょっと遅くなっちゃいましたが、
先週末のパン。

wholemealbread












全粒粉を20パーセントまぜた、「なんちゃって全粒粉パン」。

そして、今週末のパンは、トマトジュースにサンドライトマト、
さらにバジルとチーズをまぜこんだトマトパン。

TomatoBread












ついでに、今週末は金曜日の午前中にぽっこり時間ができたので、
野菜をがががーっと近所のギリシャ系グローサリーで買い込み、
グールドの弾くバッハの「トッカータ」を聴きながら、
刻みに刻み、グツグツと煮込んだ、名付けて

「ミネストローネ・トッカータ」です。

MinestoroneToccata







最初は、お野菜それぞれが異なる旋律を奏で溶けあう、
料理の対位法・・・などと思っていたのですが、
よく考えたら、バッハを聴きながら、

切り刻まれ、煮込まれる!

「料理のバロック・ホラー」なのでした。キャー。

今週は、忙しいながらも、長いことおつきあいをしている
クライアントさんが「いつものハードワークに感謝して」と
ギャランティ・アップのお知らせをくださり、
とても幸せな週だったのでした。

きょうび、頼んでもいないのにギャラを
上げてくださるなんて、そんなクライアントさん、
ほんと、あまりいるもんじゃありません。
気持ちだけでもほんとうにありがたいことです。

これからもがんばらねば、と、
気持ちも新たにした、週末でした。

24.9.09

本日の「失敗転じて、なんとか食べられるパン」

koropan







突然ですが、うちのオーブンの調子が非常に悪いのです。
で、オーブンとホームベーカリーくんは、なんの関係もないように思えますが、それが実は大アリだったりするのです。

いま、ギプス生活なもので、日常生活に多大なる支障をきたしており、うちのダンナがものすごく、かいがいしくがんばってくれているのです。

「刺身が食べたい」といえば、日系魚屋さんに走り、「ケーキが食べたい」といえば、近所のベーカリーに走り、「ビスケットが!」、「中華が!」と、なにげに、いつもよりもいい生活。

しかし、おとめ座A型の悪癖といいますか、ささいなところにこだわる私と、たいていのことはどうでもよい、おおらかなおうし座O型(たぶん、O型。おおらかすぎて自分の血液型すら把握していない)ダンナの溝というのは、こういうときに明らかになっていくものなのです。

たとえば、かいがいしくお茶をいれてくれるダンナ。しかし、水道から汲みたての水を使い、沸騰直前で止めて、しっかりふたをして3分間抽出、という正しい紅茶のいれ方で普段お茶を飲んでいる私にとっては、「ムー」と思うところも。

昨日も、お米をといで、ざるに上げて20分、炊飯器ながら、いつもどおりのご飯を炊いた(ここまでは自分でやった)つもりなのに、出されたご飯が、なんかふっくらではなく、ごろごろしている。炊き立てでちゃんと空気を入れる混ぜ方をしていない、とか。

なんか、違うんだよね~。

昨日はオーブンを使って、できあいのチキン・キエフを用意してくれたダンナ。オーブンの調子が悪いので、使い終わったあとで、電源からバッスリとオフする習慣がついているために、食後にどれどれと、ホームベーカリーの中をのぞいてみると・・・。

電源切れてるし・・・途中で。しかもこれ、初めてじゃないんです。

「あんた、また、やったね(怒)!」
「あっ、またやっちゃった(ほのぼの)!」

んがーと思いつつ、あれこれしてもらっている負い目もあって、怒りを押し込め、どうしたものかと、思案。

もう、スイッチを入れてもどうしようもないし・・・たぶん二次発酵までしっかり終わっているよう・・・。

仕方がないので、取り出して、丸めて焼いてみたら、こんなんできました。

お味のほうは、まあ、おいしくはないけれど食べられる。

「えー、すごくおいしいよー(ほのぼの)」
「・・・。」

ということで、本日のパンでした。

22.9.09

はじめてのおでかけ。

ashi












なんなんだ、このへんてこな靴は。
・・・と、お思いの皆様。
ロンドンで最近流行のファッションではございません。

先週の木曜日、道でつまづいたのがきっかけで、思いがけず、42にして、生まれて初めての救急病院、そしてギプス&松葉杖生活を送っているのです、私。

今日はどうしてもはずせないミーティングがあり、クライアントさんにお願いして、場所をオフィスではなく、タクシーでアクセスのしやすい大通り沿いの1階のカフェに変更してもらい、はじめての松葉杖でのおでかけとなりました。

ふだん、二本の足で歩いているときには気づかないことですが、世の中、階段が多すぎます。

今月末にパスポートが切れてしまうので、ミーティングのあと、同僚のデザイナーさんにおつきあいいただき、領事館に行ってパスポートの延長の手続きをしたのですが、ここにも大理石の階段。

足のほうは、レントゲンでも骨折は認められず、おそらくじん帯を痛めただけで、痛み止めもきいているので、ギプスで固定してもらっている以上、実は歩けるんじゃないかというイキオイなのですが、ギプスというのは、靴じゃないのでそれで歩いちゃいかんのだそうです(知らなかった!)。

外に出て、うっかりして、ちょっとでも地面に触れて汚れてしまうのはたえられない(それでベッドに入らなければいけないのですからね!)と思い、急遽、ギプスに手ぬぐいをまいてのお出かけとなったわけです。ハー。

いまどきの杖というのは、丸い輪がついていて、そこに腕をつっこんで、ハンドルを手で握って使うため、全体重が手にかかることになり、いまは足よりも手が痛いです・・・。

これからの数日間は病院に行く以外は家仕事なので、ほっ。

なにごとも自分で体験してみないとわからないことが世の中にはいっぱいですね。

皆さまも身体にはご自愛ください。

15.9.09

本日のケーキ

今日、仕事をしていたら、どうしても、どうしても、どーーーしても、ケーキが食べたくなった。

だけど、買いにいくのは億劫・・・うーん~どうしよう・・・

と思って、つくりました。

キャロット・ケーキ

carotcake













といっても、つくったのは、相変わらずホームベーカリーくんです。

マズくはないんですけど・・・ホームベーカリーくん、ケーキを作るのはあまり得意じゃないのかも・・・手で作るほうが、断然おいしいです。

手間は惜しむべからず・・・って買いに行けばよかったのかな。

12.9.09

今週末のパン

今年に入ってから、だいたい週末ごとにパンを焼いています。
といっても、焼いているのは私じゃなく、ホームベーカリーくんです。

レーズンパン、チーズパン、トマトパンなど、いろいろ手を変え品を変え・・・なのですが、このぶんでいくと、いままでどんなパンを作ったことがあるのか、忘れてしまいそうなので、自分記録用に残していくことにしました。

ということで、今週末のパン。

OliveBread02













刻んだオリーブを混ぜ込んだオリーブパンです。

OliveBread01

9.9.09

運がよいと言われても、やっぱり嬉しくないもの。

昨日、朝起きて水道の蛇口をひねると、水が出ない。
断水のお知らせもないのに、おかしいなぁと思いつつ、
そのまま様子を見ようとほっておいたら、どこからともなく水の音。

水道をひねったら、水が出る! よしっ。

と思って、しばらくしてお茶を入れようとしたら、また水が出ない。

どういうこっちゃと、とりあえず、ダンナに電話して、
水道がなぜか不安定なので、両手で持てる限り、
ミネラルウォーターを買ってくるよう指示を出し、
ふぅ、と思っていたら、しばらくして下の駐車場から、
ダンナが電話してきて、「カーテンを開けて外を見よ」と。

んんん? どひーっ。

(クリックして拡大↓)
mizu













水、噴き出してるー!!!

こりゃ、水、出ないはずです。
ものの1分くらいの間にどこからともなく、水道会社の車が来て、
へんな長い棒みたいなハンドルを差して、ぐるぐると回すこと、
わずか10秒ほど・・・。
あっけなく噴出は解消し、水道から水が出るように。
朝から噴いていたのかと思うと、恐ろしいことです。

そして、今度は今日の話。
今日、ロンドンは、再び夏日の暑さでした。

クライアントのオフィスで、新しいプロジェクトの
ミーティングがあり、その前にデザイナーさんとふたりで、
ご飯を食べて、軽く打ち合わせをしておこうということに。

あんまりお天気がいいので、
クライアントのオフィスの近くにある広場で、
ファイルなどを広げて、打ち合わせをしていたら、
私が開いたファイルの上に、上からポトリと・・・。

鳥のフンが・・・。

ギャーなどと言いながら、急いでティッシュで拭きとり、
「よかった、ビニール加工してあって」
などと強がり(?)を言いつつ、クライアントのオフィスへ。

ミーティングのテーブルで、左隣に座ったデザイナーさんが、

「ギャー、肩にもついてますぅー!」

そうなんです。
白いシャツの肩に鳥のうんこをつけて、
エラそうに企画の説明とかしようとしていたんです。
私・・・カッコわるすぎ~(汗)。

クライアントさんが、濡れティッシュで拭いてきたら?
と言うので、デザイナーさんが手伝ってくれて、
なんとか、よくわからないくらいまでに、拭きとって、
再びミーティングへ・・・。

クライアントの担当さんたちは、

「それは運がいいっていうことよ~」
「そうそう、ラッキーサインって言われてる!」

などと、皆、やさしく、口々に慰めてくれたなか、
夜、ダンナに会って、

「やー、今日、鳥にうんこかけられちゃってさー、二度も」

と告白するや否や、

「ヤッキー(訳:汚ねー)」とひと言。

やっぱり身内は容赦ないというか、逆に、
みんな実はそう思ってたんだよね・・・
でもやさしく慰めてくれたのよね・・・と思い、
やっぱり、いくら運がよかろうが、
嬉しくない出来事として、胸に刻まれました。

教訓: お天気のよい日の公園は頭上に注意。


20.8.09

結婚記念日でした

5月の日本以降、すっかり更新がご無沙汰になってしまいました。
帰国してからというもの、2月以来の忙しさに忙殺されていたのです。

結局、腰を落ち着けて、ゆっくり仕事をできたのは、3月4月の2カ月だけ。あとはまた、忙しい忙しいと言いながら、毎日追いかけられるように仕事。

とてもありがたいこととは知りながら、もう少し、余裕のある仕事の仕方ができないものか、考えていくのは課題です。
あまり忙しいばかりの日々だとアイデアが煮詰まってしまって、決して理想的といえないですよね。

さて、まったく仕事とは関係ないですが、今日は結婚12周年の結婚記念日でした。そこで、(日本だったら考えられないような暴挙ですが)クライアントさんにも「結婚記念日なので、今日は仕事を休みます」と宣言し、夫とふたりでケント州の海辺の町、ウィツタブルに行ってきました。

ここには以前に取材で来たことがあり、新鮮なカキのおいしさに感動した覚えがあって、今回も私にとってはカキが第一の目的でした。

夫のほうは初めてのウィツタブル。駅につくなり、ハイストリートをとりえあず通り抜け、海辺のカフェで、生ガキを3個ずつ。

パブに行ったり、海辺をぶらぶらしたりして、2時半くらいに遅めのランチで、ハイストリートのレストランへ。ここでもやっぱり、シーフード三昧のランチをいただきました。

再び海辺へ戻って、海岸沿いのちょっとした日陰で私は読書。夫はというと、周囲もびっくりなイビキで爆睡。ちょっと恥ずかしい気もしましたが、せっかく気持ちよさそうに眠っているし、それほど人に迷惑をかけているわけでもなかろうと、そのまま1時間以上、昼寝タイムです。

とりたてて、豪勢なことをしたわけじゃないのですが、久しぶりにふたりで遠出できて、のんびり過ごせて、私にとってはとっても贅沢な結婚記念日でした。ただの日帰り旅行ですが、これからは、もっとひんぱんにこうやって、ふたりで出かけられたらいいな、と思う次第です。



27.5.09

いま、空港~・・・

いま、ヒースロー空港の第三ターミナルで、これを書いています。
これから飛行機に乗って、正味1週間ほどですが、駆け足で出張です。

ヒースローでは、日本行きの直行便のほとんどが、この第三ターミナルに発着します。

ということで・・・。

マスクをしている人がいっぱいいて怖いです・・・。

日本人だけです、マスクしてるのは。

マスクしたからって、いったいどのくらい意味があるのでしょうか。
よくわかりませんが・・・。

私は日本にいたときから、マスクのあのしっとり感が気持ち悪くて、前歯を抜歯して、口から血が噴出したとき以外、マスクってしたことがありません。

日本に帰ったら、もっとマスク人口密度が高いんですよね。

ああ、怖い。

しかし日本の地を踏むのに体温チェックなどを通過しないと、飛行機から降りられないという話すら聞いたことがあります。
さて、どうなりますやら・・・。

あ、ゲートの番号が出た! では行ってきます。

9.5.09

母校のホームページを見た

自分がすっかり親になる年代になっても、子どもがいないせいか、いまだに親目線で世の中を見られない私。

今日、なにを思ったか、母校の高校のホームページをのぞいてみた。

私が行ったのは、髪型まで指定のある校則でがんじがらめの私立高校。

靴下はレースがついてたらイケナイ、とか、カバンの幅は何センチなくちゃイケナイとか、「イケナイ」尽くしの学校生活の中で、いかに素早く駅で靴下を履き替えるかとか、パーマをかけても三つ編術でカバーでできる方法とか、要領よく生きる術だけを教えてもらったような気がする。

世の中変わればかわるもので、なんとデザイナー制服になっていて、ご丁寧にえらくスカした男性デザイナーの写真とプロフィールまで載っていて、正直言ってかなりコッ恥ずかしい。

Q&Aのページを見たら、「校則は厳しいですか」というえらくストレートな質問(笑)が載っていて、それに対する回答がまた、なんともはや。

「将来どこに行っても恥ずかしくない社会人としての資質」、「基本的生活習慣、礼節・公共心・他人への思いやりなど内面的なことまで教員は指導」、「木目細かな生活指導」などという言葉を見るにつけ、その実、なーんも変わってないんだろうな~と思うことしきり。

カバンの持ち方まで注意することが、「どこに行っても恥ずかしくない社会人」を育てることになるのだろうか。

そもそも、「恥ずかしくない社会人」っていったいなんだろう。

おんなじカバンの持ち方をして、おんなじ挨拶をして、おんなじ歩き方をして、おんなじ靴下の折り方をした「恥ずかしくない社会人」がボコボコ量産されていくことのほうが、よほどそらおそろしいと思うのだけれど。

いまだに、戦争になったときに、統率しやすい人材づくり・・・なんでしょうかね。

とりあえず、個人的には朝礼での「前へならえ」から、まずやめてもらいたい、と思ってしまうのですが・・・。そんな私だから、実は「日本に住んでいない」だけのつもりでも、本当のところ「日本に住めない」のかもしれない・・・と、いまさらようやく気づき始めた今日この頃・・・。

18.4.09

映画「おくりびと」

今日は、ナショナル・ギャラリーに、映画「おくりびと」を観に行ってきました。

水曜日から今日までの3日間、JCE(Japan Care for Elderly)という団体の主催で行われた映画祭の一環です。JCEは、イギリスに日本人のための老人ホームを作ろう、という活動を行っている団体で、この団体に参加している友人が映画祭の情報をいち早く教えてくれたので、チケットを購入することができましたが、どうも早々に売り切れてしまい、チケットを買えなかった人も多くいたようです。

映画「おくりびと」については、オスカーの外国語映画賞を受賞したこともあり、いまさら私が解説する必要もないと思いますが、「納棺師」という職業、映画を観るまで、私もほとんど知らなかったです。

映画のなかで、「昔は家族で行ったこと」という説明が出てきましたが、実は、5年前に父が亡くなったとき、私たちはこの作業のほとんどを家族で行いました。

3か月の入院生活のあと、病院ではもう治療できることがない、ということで、また父本人も、病院生活に疲れ果て、とにかく一日も早く自宅に戻ることを希望していたため、訪問医療の緩和ケアを選びました。

私も日本に帰り、自宅介護が始まった3日目に父は亡くなったのですが、そのときに訪問医療の看護士さんの指導で、私たち家族は父の体を拭き、洋服を着替えさせました。こんなに親密な最後の親孝行を他人の手にゆだねるのではなくて、自分たちで行えたことも含め、この看護士さんとクリニックには、いまでも、感謝の気持ちでいっぱいです。

「おくりびと」の映画を観ながら、納棺師のプロフェッショナルなお仕事に感心すると同時に、いま一度、やっぱりこれは、できることなら他人ではなくて、身内にしてほしい作業なんじゃないかなぁ・・・と、そんな思いを抱かずにはいられませんでした。

8.4.09

映画「Dammed United」とイングランド・サッカーの衰退

映画「Dammed United」を観てきました。
この映画は、60年代後半にイングランドのサッカー・リーグ、
セカンド・ディヴィジョンの最下位群にいたチーム、ダービーを
見事プレミアリーグ昇格、そしてプレミアリーグのトップへと率い、
さらに、70年代にやはり無名チームだったノッティンガムを
2度も欧州杯で優勝するに至らせたブライアン・クロフ監督の成功と、
リーズ・ユナイテッドでの失敗を描いた作品です。

ダービーで大成功を収めるも、マネジメント陣と対立してしまった
クロフは、チームを去らざるを得なくなります。
そこで、次にブライトンからオファーを受けたクロフは言うのです。

「ブライトンは自分の土地じゃない。
自分のチームじゃないのに監督はできない」

この台詞、いまのイングランドのサッカーに
いま一度思い出してほしい、と思ってしまいました。

前回の欧州杯では、思いっきり予選落ちを遂げたイングランド。
この敗退図の後ろ側には、このメンタリティを忘れて、
コマーシャリズムに走り続けた背景があると思うのです。

その昔、サッカーは地元民のものでした。
土地のチームをサポートし、地元のスタジアムに通い、
子どもたちは地元のスター選手を見て、
サッカー選手に憧れて、学校のチームで汗を流していました。

しかし、特にルパード・マードックによるメディア合戦以来、
サッカー、特にプレミアリーグは、
地元民の手の届かないところに行ってしまった。

テレビ観戦しようにも、有料の衛星放送。
スタジアムに行こうと思っても、年間契約の法人席を得たり、
年間数百ポンドを支払っての会員になって初めて、
100ポンドからする入場券が買えるという、商業主義。
庶民からは遠く離れたところに行ってしまったのです。

子どもたちのサッカー離れは進み、
いまではサッカーチームのない小学校も多いと聞きます。
そんななかで、未来の人材が育っていく厚い層が
期待できるはずもありません。

そんな理由から、少なくともこれからの20年も、
イングランドのサッカーがさらなる衰退の道をたどるのは、
悲しいかな、目に見えていると、私は思ってしまうのです。

「Dammed United」がちょっとでも、
失われた庶民のサッカーを思い出させてくれる
カンフルになるといいなぁと願わずにはいられないです。

28.3.09

人間関係を「Neglect」するべからず

今日、日本から、ひとつ連載終了のご連絡をいただきました。
各国の最新情報を掲載するページで、ロンドンの最新情報を毎月拾って掲載するページで、3年くらいお世話になっていたお仕事でした。

連載終了自体は、それはそれでいいのですが、そのお知らせのメールというのが、ちょっとこう、なんといいますか、「いたたまれない気持ち」になる部分がありました。

このメール、たぶん、各国のライターさんたちに全部同じ文面で、名前の部分だけ変えて送付していらっしゃるようなんですが、

「○○さんの送ってくれるネタは特にすばらしく、○○さんの審美眼はスゴイっすよ!」

といった軽めの文章で、なんとあろうことか、最初の○○には私の名前が入っていたものの、あとのほうの○○には別のライターさんの名前が入っていたのです(爆!)。

きゃー、もうなんと言っていいやら。もちろん送ったご本人は気付かずに送付されたんでしょうけれども、これに気付いたときには、きっと顔面蒼白になること間違いありません。その気持ちをひとり想像してしまい、いたたまれない気持ちになってしまった次第です。ああ、もう、ひとごとながら、穴があったら入りたいっ。もちろん、何事もなかったかのように、「了解しました」の返信をさせていただきましたが・・・。

それにしても、クリックひとつで送れるメールっていうのは、こういう怖い一面があるんですよね。以前にもメールの怖さについて書いたことがありましたが、手紙でも電話でもメールでも、直接会うにしても、「人間関係に手を抜かない」ということこそが、原理的な鉄則である気がします。それさえ守っていれば、今回の失敗も避けられたわけで。

それで思い出すのが、うちの夫の妹です。彼女は、おそらく私が今までの人生で出会った人のなかで、最も「いい人」。兄(うちの夫)と2人の弟、自分の娘ばかりか、いとこや義理家族までも、彼女によってしっかりとつながれているような、まさにファミリーのヒンジであり、Hubです。

誕生日や結婚記念日には必ずカードをくれるのはもちろんのこと、私が日本に帰るときには出発前と、戻ってきた翌週には必ず電話をくれて、「日本の家族は、どうだった?」と聞いてくれる、そしてファミリーのなかで「誰々が病気でどこそこに入院しているから、見舞いに行った方がいい」とか、「いとこの誰々がイースターに帰省してくるから、いついつに来れば会える」とか、絶妙なタイミングで連絡をくれるのです。

そんな彼女と、いつだったか、ふたりで話をしていて、とても印象的だった言葉があります。

「私は、父親を早くに亡くしてるでしょう(彼女が20代前半の時に他界)。だから、そのときに思ったの。人はいついなくなるか分からない、だから、人間関係を『Neglect(軽視とか、看過とかいう意味)』してる時間なんてないんだなぁって」

この言葉、胸に突き刺さりました。

私はズボラなので、彼女のようにはとてもなれないけれど、今回のメール事件もあって、人間関係に手を抜いてはいけないんだ、と、改めて肝に銘じたのでした。

27.3.09

初めての歌舞伎

今日は、生まれて初めての歌舞伎を観てきました。
蜷川幸雄の演出で、演目はシェイクスピアの『十二夜』、
尾上菊之助、尾上菊五郎などの出演でバービカンで公演中です。

ものすごい人気で、数週間前に気付いた時には、
すでに本当に後ろの後ろの方、日本だったら桟敷と呼ばれる
後ろの端っこの席しか空いてなかったのですが、それでも、
かなり楽しめました。

オリヴィエ姫が織笛姫など、シェイクスピアのオリジナルの
脚本を日本風にかなりもじってあり、ほとんどオリジナルの
作品といってもよかったんじゃないかなあと思います。

途中、若干もたついて眠ってしまった部分もありましたが、
全体的にはとても楽しめました。
特に印象的だったのは、チェンバロを音楽に使っていた点です。
対位法を用いたバロック調の曲のチェンバロ演奏に、
日本の鼓という組み合わせが非常に新鮮でありながら、
以外にもしっくりなじんでいました。
(ひょっとしたらチェンバロではなく、
クラヴィコード、またはヴァージナルなのかも・・・)

東京では6月、大阪では7月に公演があるようです。
ご興味のある方は、ぜひ行ってみてください。

23.3.09

海外に住むということ

ロンドンで最初に通った英語学校で知り合った14年来の友人が
脳卒中で倒れ、今日は彼女のご両親を連れて病院に行きました。

たまたまウィーンにご旅行中だったご両親の日程を
別の友達が見つけ、連絡してくれて、日本に帰る前日に、
急きょ行き先を変えて、帰国せずにロンドンに来てくれたのです。

ご両親は英語があまり達者ではないので、
やはり誰か付き添いがいた方がいいということで、
駅で待ち合わせをして、病院まで一緒に行きました。

金曜日に二度目の手術をした彼女をお見舞いするのは、
実は、私にとって二度目でした。
金曜日の午後に別の友人がご両親を連れて見舞ったあとで、
連絡をくれて、会える状態にあることを教えてくれたので、
金曜日の夜、急いで病院に行ったのです。

ICUのベッドに横たわった彼女は、すやすやと眠っていたので、
その日は起こさずに、そのまま5分くらいベッドサイドにいて、
帰ってきてしまいました。

家族や親せきと離れ、海外に住むと、友人の大切さ、
共同体の大切さを、本当に思い知らされます。
「袖触合うも多生の縁」とはよく言ったもので、
今まで、ふとしたきっかけで知り合った人たちに、
どれだけ助けてもらったことか。

そして、私自身も微力ながらできることは惜しみなく、
人のために動いていきたいと心から思うのです。

これは、大切な友人だから、ということ以上に、
共同体意識のほうが強く働いていると思います。
これがたとえ、それほど親しい友人でなかったとしても、
同じように、ご両親を迎えにいくだろうし、
同じように付き添って通訳するだろうと思うのです。

逆に、それほど親しくない友人であっても、
自分が窮地に陥った時に手を差し伸べてくれたなら、
ありがたく、その手をお借りしてしまうだろうと思います。

そういえば、以前に旅行中に水ぼうそうになってしまった
日本人女性とたまたま知り合い、困っていらしたので、
あれこれお世話をしたり、ホテルにおにぎりを持って
お見舞いに行ったこともありました。
旅先で具合が悪くなって、気が弱くなっていたところに、
日本語で助けてくれる人がいて本当にありがたかった、
と言っていただき、微力ながら少しは役に立ったようです。

その方とも、それっきり連絡を取り合ってはいませんが、
それでいい、と私は思っています。
もしも、彼女がそれをほかの困っている人に返してくれたら、
これほどありがたいことはないです。

今日、帰り際、ベッドのなかから、
「世話かけちゃって悪いわね、ありがとう」
と弱々しい声で言う友人に、
「私の番がきたら、よろしくお願いします」
と返して、笑われました。

日本に住んでいたら、こんなふうには思わなかったかもしれません。
海外に住むって、共同体のなかにいる自分を強く意識することでもあるのです。

13.3.09

押しどころと引きどころ

ここのところ、自分は本当にクライアントさんに
恵まれているなあと思うところが大きく、
日々感謝の気持ちで仕事を進めています。

イギリスの出版社から日本の媒体をローンチしようという
プロジェクトに携わるようになって1年近くが経過。
私の企画が、思いのほか好調に進み、あれよあれよという間に
恐ろしいほどの反応のよさで、実現が見えてきてしまいました。

もちろん、このご時勢、なにがあるかわからないので、
急に頓挫することも念頭において、そうそう浮かれても
いられないことは重々承知で、わくわく感とともに、
危機感もいっぱいあることは確かなのですが・・・。

まあ、そんなわけで、昨年の夏から何度も何度も、
イギリス人のディレクターやプロジェクト・マネージャーと
ミーティングを重ねています。
特に実現が見えてきてからというもの、プロジェクトに関わる
イギリス人の数もググッと増えて、編集者やデザイナーも、
ミーティングに加わるようになりました。

日本人同士のミーティングと違って、「空気を読む」とか、
「なんとなく察する」とか、そういうことが通用しないのは、
当り前のことで、私自身もいいものを作るためには、
自分の意見は、相手にわかるようにちゃんと言わなければいけない、
ということを心掛けてきたつもりでいます。

でも、ミーティングに参加するイギリス人の数が増えて、
押されてしまう部分もあり、自分がリードしてきたはずの
プロジェクトの手綱が、ちょっとゆるんでしまったのでしょうか。
または、結局はクライアントの最終判断がプロジェクトを
動かすのだから、あまり出すぎてもいけない、という、
他力本願的な気持ちが、私のなかであったのでしょうか。

「押さえどころ」だけはちゃんと押さえておかなくちゃ、
と思いながらも、なんとなくもやもや感の残るミーティングが、
最近一度だけありました。

ミーティングの翌々日、プロジェクト・マネージャーの女性から
長い長いメールをいただき、
「なんとなく遠慮して、思うところを全部言ってないのではないか、
自分にだけはオープンに、すべて話してほしい」
という内容で、その心遣いに涙が出る思いでした。

それと同時に、そういう印象を残してしまった
自分の未熟な部分にも反省することしきりで、
ありがたいやら、恥ずかしいやら。

結局、私の方も長い長いメールで感謝の気持ちとともに、
自分の言いたかったことをなるべく客観的に書き綴りました。
そして、その結果、やはり私の提案する方向で進めることに。

こんなふうに、一外注の気配を察してフォローしてくれる
クライアントさんとお仕事できるというのは、
本当にラッキーだなー、とつくづく自分の好運に感謝するばかり。

それと同時に、もっと自分も辛抱強く、怠惰におちいらず、
自分の思うところを隅々まで言葉にしなければいけないと、
肝に銘じたのでした。
ああ、大人にならなければ。未熟すぎる、自分・・・。